事情を説明しました。

 エステルが医務室に連れていかれてしばし。

 ピオーネ嬢が苦し気に口を開いた。


「その、わたくしお二人の言葉を全く信じてなくて、軽率な提案をしてしまって……申し訳ありません。本当にお店があるとは思っていなかったんです」


 心苦しそうに目を伏せて紡がれる謝罪の言葉。やはり自分のせいでエステルがさらわれたと思っているようだ。


「彼女はまだ店内に入っていませんし、拉致されたのは学園内です。月虹亭に近づいたせいとは限りません」


「でも、お店の前まで行ってすぐにこんな事になってしまったのです。とても無関係とは思えません」


「もしそうだとしてもこいつのミスです。善良な一般市民の貴女と違って日常的に危険な犯罪者と相対しているんです。こういったリスクも予測しないと」


 いくら否定しても自らを責め続けるピオーネ嬢に、コニーが珍しく自分から口を挟んだ。

 こうして改めて指摘されると自分の至らなさを痛感して情けない。


「スキエンティア令息のおっしゃる通りです。それに、敵は『腐れ女神の臭いがする』と言っていたので、エステルではなく僕の魔力に反応したのかもしれません」


「腐れ女神……さっきクリシュナン嬢もおっしゃってましたが、いったい何のことですの?」


「先ほどもお話しした通り、僕が経験した別の時間軸で、今とは別人の『エステル・クリシュナン』のせいで大変な事になりました。その時に僕は先ほどクリシュナン嬢に毒物を盛ったのと同じ存在と敵対して、いったん殉職したんです」


「どこからどう見ても健康体に見えますが」


 さっきコニーにも言われたけど、それってアホっぽいってこと?

 あんまり頭が良くないのは否定しないんだけど……何だか健康しか取り柄がないみたいで釈然としない。


「まぁ、にわかには信じがたい話だとは思います。とにかく、その時にアレの言うところの『腐れ女神イシュタム』に蘇生してもらったのは良いのですが、ついでに眷属にされてしまいまして。日常生活を送る分にはごく普通の人間ですが、魔法の術式が見えたり、瘴気を操って魔法を分解したりできるので、わかるモノにはわかるかもしれません」


「瘴気を操る?」


「僕の主は月蝕を司るので、僕自身も月蝕の闇の力で瘴気を操ることができるんです。瘴気を魔法を構成する魔力にぶつけると、相互に干渉してマナに戻るので、魔法そのものが分解されて無効になります」


「マナ? 魔力?」


 しまった。ピオーネ嬢は教養科なので魔法については全く学んだことがないんだっけ。


 現代では魔法についての研究も進んでいて、扱いを間違うと大規模な災害を引き起こしかねないことが分かっている。そのため、使いこなせるだけの素質があるか、仕事でどうしても接する機会がある人でない限り学ぶ機会を制限されている。

 だから一般の人にはこういった用語を出しても全く通じないのだ。


「魔力は魔法を実現するために必要なエネルギーですね。マナはその元になるもので、自然界に存在しています」


「蒸気機関で使う石炭みたいなものでしょうか?」


「そうですね。石炭がマナ、蒸気が魔力です。そして瘴気がマナから魔力を生成した後に残る灰や黒煙のようなものですね。こちらを魔法にぶつけると、魔力と相殺してエネルギーを取り出す前のマナに戻ってしまうんです」


「よくわかりませんが、便利なのですね」


 うん、便利と言えば便利なのかな?

 正直、自分からゾンビ女神イシュタムに話ができる訳じゃないし、何が出来るのかも全く説明されておらず、イマイチ分からないまま「なんか出来そうだから試したら出来た」の積み重ねなので、ちょっと困ってはいるんだけど。


 結局、あの神は僕を眷属とやらにして一体何をしたいのかがさっぱりわからないのが一番困る。


「結局、クリシュナン嬢の言っていた虹色女神は何がしたいんでしょう?」


「わかりません。暗示をかけられたクリシュナン嬢は『因業を重ねてたくさんの魂を刈り取り創世神イシュチェルの糧として捧げる』と言ってましたが……」


 因業を重ねる、がいったい何を狙っているかがわからない。

 前回同様アミィ公女を陥れて冤罪で処刑するところ止まりなのか、この国で王位継承争いを起こさせて内乱状態にするところまで狙っているのか。

 エステルに自分を偽聖女リリアと思い込ませていたということは、あの規模の混乱と虐殺を招きたいのかもしれない。カロリング王国の悲劇から35年、未だにこの地域は混乱の中にあり、一国が崩れれば大陸全土を巻き込む大戦が起こりかねないというのに、実に物騒な話である。


「憶測ばかり並べても対策にはならないでしょう。とにかく今はクリシュナン嬢の治療が終わるのを待ちましょう」


 コニーの冷静な声に沈黙が落ちる。

 そのまま三人ともパラクセノス先生がエステルを連れて戻っていらっしゃるまで無言で過ごすこととなった。

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