毒を吐いてみました。(物理)

※暴力表現があります

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 月虹亭に行った僕はいきなり虹色女神イシュチェル に出くわして、おかしな空間に連れ込まれてしまう。しかも、コニーが連れて帰ってくれたはずのエステルが別人のようになって現れた。


 かろうじて脱出はできたものの、エステルの様子はおかしいまま。


 どうやら人格を入れ替えられたのではなく、強い暗示で自分を別人だと思い込まされているようだ。


 そういえば、根性悪女神イシュチェルの好んで使う毒物には幻聴を伴う幻覚を引き起こしたり、聴覚などの刺激によって極端に暗示にかかりやすくなるような効果もあったはず。


「ちょっと苦しいけどごめんね」


 僕は目の前の女性の腕をつかむと人気のない路地裏に移動した。そのまま抱え込むと懐から取り出した圧舌子を魔法で高圧蒸気消毒して強引に口の中に突っ込む。

 女性に対する扱いとしては最低なんだけど、僕の考えが正しければ一刻も早く処置しなければ生命が危険だ。


 いきなり口の中に異物を入れられた「エステル・クリシュナン」は目を白黒させながらも胃の中のものをひたすら吐き出す羽目になった。


「げ……げふ……いきなり何するのよ……っ」


「ごめん、とりあえず水飲んで」


「……っ! 絶対殺してやるっ」


 うずくまってえずく彼女に水筒を差し出すと、よほど苦しかったのか一気に飲み干し……また吐き出した。

 催吐剤と炭の粉を混ぜ込んだ水を一気に飲んだ彼女はもう吐けるものがなくなるまでその場でえずき続ける。

 ついに吐くものがなくなり、エステルの意識が朦朧としてきた頃。


「何をやってるんだっ!?」


 ちょうど駆けつけたパラクセノス先生がぐったりしたエステルを見て顔色を変えた。


「毒物を摂取させられてます。たぶん天人朝顔か瘋癲茄子ふうてんなすび。一応、胃に入った分は全部吐いたと思いますが、念の為に胃洗浄すべきかと」


「なんだと? すぐに手配する」


「それから、吸入してるかもしれないので、神明豆があれば用意した方が良さそうです」


「わかった。まずは研究室に戻って検査しよう」


「し……死ぬかと思った……ここは一体?」


 ようやく意識がはっきりしたらしい。苦し気に息をするエステルは、先ほどの傲慢な雰囲気は完全に消えていて、昨日までのちょっとおっちょこちょいで生真面目な女性に戻っている。


「苦しい思いさせてごめんね。元に戻った? 何をどこまで覚えてる?」


「えっと……スキエンティア様、パブリカ令嬢と一緒に学校に戻って、ひとまず生徒会予備室で落ち着くことにしたんです。そこでスキエンティア様がお茶を用意しようとおっしゃったら、パブリカ令嬢がお友達からいただいた上質な茶葉があるから皆でいただこうと出して下さって」


「そのお茶を飲んだんだね?」


「はい。お花のような良い香りのするお茶で、とても美味しかったんです。でも、そちらをいただいているうちにいつの間にか頭がぼうっとしてしまって。気が付いた時は何だか変な場所にいて、耳元で『貴女こそがこの世界のヒロインよ。ゲームを再現して世界を救って』って誰かが囁いてて……」


「何だか真っ白でキラキラした空間?」


「そうです。私が転生させられた時と同じような場所でした」


 なるほど。その時に僕と同じ空間に引きずり込まれたのだろう。


「そうだったんだ。ごめんね、あの店が危険だってことはわかっていたのに、不用意に近寄らせたりして。本当に申し訳ない。もう大丈夫だとは思うけど、一刻も早く胃洗浄をかけて検査しよう」


「今の話を聞く限りではやはりアルカロイド摂取によるせん妄だろうな」


「ええ。吐瀉物を持ち帰って検査します?」


「気が進まんが仕方あるまい。サンプルの採取は頼む」


 パラクセノス先生と話し合う間にも手早く証拠を収集していく。僕はいつも治安維持にあたる警邏部隊で働いているので、こういう仕事には慣れっこだ。


「その間に彼女の処置をお願いします。僕もすぐ参りますので」


 幸い経口摂取のみのようだからもう大丈夫だとは思うが、念のため一刻も早く検査した方が良い。先生には彼女を連れて一足先に戻っていただくことにした。


 それにしても、学園の中にいたのに連れ去られてしまうとは。内部に協力者でもいるのだろうか?

 どう考えてもピオーネ嬢にお茶を渡した友人とやらが怪しい。後でしっかり調査しなくては。

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