間一髪でした(新ヒロイン視点)
「あの……どうしても入らなければなりませんの?」
私が意を決して一歩を踏み出そうとしたちょうどその時、おずおずとパブリカ令嬢が言い出した。
顔色がすっかり青白くなっていて、具合も悪そうだ。
「大丈夫ですか、パブリカ様」
「え、ええ。わたくしは宜しいのですが……本当にそんなに危険があるだなんて思っていなかったんです。クリシュナン令嬢を一人で行かせてしまって万が一の事があったらと思うと恐ろしくて」
なるほど。パブリカ令嬢も私と同じように本当に生命の危険を覚悟せざるを得ない事態とは思っていなかったのだろう。
「え? 危険な薬物を扱っているから確認しようってお話だったのでは?」
びっくりしたように目をぱちくりさせているポテスタース卿。心底不思議そうに小首を傾げている。
大変に可愛らしい仕草ではあるが、ズレているにも程があると言うかなんと言うか。
彼にとっては危険があるのが当たり前なので、私たちが今になってなぜためらっているのかが理解できないのだろう。
ちょうどその時のこと。彼の背後から見知らぬ長身の男性が足早に歩み寄ると、脳天に拳骨を落としてそのままぐりぐりと押し付けた。
「こら、報告もなしに勝手に突っ走るんじゃない」
「痛たた。痛いよ、エサド」
涙目になったポテスタース卿が振り向きながら抗議している。少し拗ねたような口調なのはスキエンティア様同様に気心のしれた相手なのだろう。
決して目立つイケメンではないが、しっかりと鍛えられた長身は見事に引き締まっていて、精悍な顔立ちの目元は優しげだ。
青藍色の軍服を着ているところを見ると、ポテスタース卿の同僚らしい。
「ふぅ、何とか間に合いましたね」
そこにスキエンティア様も駆け付けた。
ぜぇぜぇと息を切らしておられるので全力で走られたらしい。ますますクールなイメージが壊れていくのは気のせいだろうか。
「あれ? コニー早かったね」
「早かったね、じゃないだろう。いきなり何の相談もなく先走って」
「ごめんごめん。でも、よくここが分かったね。前に来たことがあるの?」
「ああ。まぁ、何となくな」
おや、エサドと呼ばれていた騎士が遠い目をしているような気がする。これはあまり深く訊かない方が良さそうだ。
「とにかく、危険が想定される場所に民間人の、しかもご令嬢を行かせる奴がどこにいるか。もう少し慎重に行動しろ。そして行動する前に必ず報告しろ」
やれやれと嘆息しながら騎士が言う。
「そうですわね。私が以前いたところでも報告・連絡・相談は仕事をするうえで必ずしなければならないと言われていました」
「素晴らしい。お嬢さんのおっしゃる通りです。えっと……」
「申し遅れました。わたくしクリシュナン男爵家のエステルと申します」
同意してくださった騎士に名乗ると、さきほどパブリカ令嬢に教えていただいたばかりのカテーシーをしてみる。
あまり優雅ではないが、突っ込みが入らなかったということは形だけはなんとかなったのだろうか。
「ご丁寧にありがとうございますレディ。私は第二騎兵連隊第二中隊所属、エサド・シャバアーニ准尉です。こいつとは同門で、今はバディとして一緒に任務にあたることが多いです」
にっかと笑って敬礼しながら名乗ってくれた彼は実直そうで、きびきびした仕草に生真面目さと温かみのある人柄がにじみ出ている。
正直、今日学校でまとわりついてきた「攻略対象者」よりはずっと好感が持てるかもしれない。
「それにしても、エサドはどうしてここに?」
「どうしてじゃないだろう。お前がバックアップもなしにご令嬢二人連れて敵の本拠地と思しき所に乗り込んだってスキエンティア令息が小隊長に連絡して下さったんだ。魔導師団のパラクセノス師もすぐいらっしゃる」
にこにこと問うポテスタース卿にシャバアーニ卿が呆れたように返す。
「そっか。先生に頼んで連隊本部に連絡とってくれたんだね。ありがとう」
「まったく。俺のジシムはデリケートなんだ。いくら軍馬とはいえ、大の男を二人乗せたら脚を痛めかねない」
どうやらスキエンティア様と愛馬に二人乗りしてきたらしい。
「大切な愛馬に無理をさせてすまない、シャバアーニ卿」
「いえいえ、スキエンティア様は何も悪くありませんよ。この馬鹿の愚行をいち早くお知らせいただいた上に、案内までしてくださったんですから。むしろいくら感謝しても足りないところです」
「いたたたた。ごめんなさい」
すまなそうに詫びるスキエンティア様に笑顔を返すと再びポテスタース卿の脳天をぐりぐり。先ほども同門とおっしゃっていたが、この遠慮のなさは同僚というよりは兄弟のような関係なのかもしれない。
何はともあれ、このまま一人で店に入らなくて済みそうだ。
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