平和ボケした自分との差を思い知りました(新ヒロイン視点)
私たちはパブリカ令嬢に話を信じてもらうためにも、まずは月虹亭に行くことになったのだが……
早速出発するかと思いきや、ポテスタース卿はいきなり自分の髪をほどくと数本を抜き取り、編み込んでいた飾り紐と一緒に編み始めた。
「な、何をしておられるんですの?」
「簡単なお守りを作っているんです。危険が予想できるのですから、当然できる限りの準備をしてから突入しないと」
「……」
戸惑った様子で訊ねるパブリカ令嬢に事もなげに答えるポテスタース卿。その間も手は止まらない。
パブリカ令嬢は心なしか青ざめてしまった。
「できれば事前に粉末状の炭とすりおろした生ゴボウを飲んでおいてほしいんだけど……」
私たちが恐る恐る作っていただいたお守りを身に着けると、今度はさらによく訳の分からないことを言い出した。
「「なぜゴボウっ!? しかも生っ!?」」
「炭もゴボウも、毒物の入ったものを経口摂取させられた時に有毒成分を吸着してくれるんだ。だから万が一なにか盛られても、予め飲んでおいた炭やゴボウと一緒にすぐ吐き出せば、薬物の影響を最小限に抑えられるよ」
動揺を隠せない私たちにあっけらかんと答えるポテスタース卿。
「え、吐くんですか? 解毒剤は?」
ここ、ファンタジー世界だよね?
治療方法が妙に現実的なんですが。
「今回使われそうな毒物は中枢神経に直接作用するから、解毒にも中枢神経に直接作用する向精神薬を使わなきゃならない。拮抗剤といって、ちょうど真逆の性質を持つ毒同士で効果を打ち消させるんだ。もちろん匙加減を間違うととんでもない事になる薬だから、できるだけ炭とかゴボウで吸着して腸から吸収される前に吐き出す方が安全なんだよ」
いつも通りの朗らかな笑顔で丁寧に説明してくれるポテスタース卿。どうやら彼にとっては当たり前のことらしいが、何とも物騒だ。
用意してくれたゴボウと炭の粉を溶いた水はとにかく不味かった。正直言って、今すぐ吐き出したいくらい。
万が一にも毒物を飲まされた時のための用心だとわかっていても、恨めしくなった。
いくらゲームと似ていても、あくまで似ているだけの世界の現実の中にいるのだと痛感する。
だって本当にゲームの中だったら、毒だって病気だって、ポーションを飲めば一発で回復するはずだ。
間違ってもあらかじめこんなに不味いものを飲まされたり、胃の中の物を全部吐き出させられたりなんて事は、どんなクソゲーだってありえないはずだ。
「そ、その……どうしても持っていかなくてはなりませんか?」
「もちろんだよ。考えられるリスクのうち特に高いのが毒物を使われることだからね。生存確率を少しでも上げるために出来ることは全部しておかなきゃ」
しまいには催吐剤を渡されて、涙目のパブリカ令嬢が訊ねると、彼は大きな目を不思議そうにしばたたかせた。
「せ、生存確率……」
息を飲んで真っ青になっているパブリカ令嬢とは対照的に、ポテスタース卿は至って自然体だ。
少しでも生存確率を上げなければならない。つまり、必ずしも生きて帰れるとは限らないということ。
軍人である彼にとってはそれは当たり前の日常であって、取り立てて身構えるようなことではないのだろう。
平和な日本でぬくぬくと生きてきた自分との認識の差を思い知らされた。
私たちが戸惑っている間にもポテスタース卿はきびきびと準備を済ませて「さあ行こう」と促してくれる。
くるりと踵を返して弾むような足取りで歩きだす彼を慌てて追いかけながら、不安げなパブリカ令嬢とつい顔を見合わせてしまった。
「あ、あそこです」
ゲーム内で何度も見たことのある花やレースで飾り立てられたファンシーな雑貨店には、羽根のついたハートの上に虹のマークが描かれた可愛らしい看板がかかっている。
「アイテムショップって『ヒロイン』しか入れないんだっけ?」
「ゲームではそうですね。友達と行くという事はできないシステムなので、一人で入らなければならないかと」
「念のためパブリカ嬢と僕も少し離れてついていくね。そのショップの方にもついていければ良いんだけど……くれぐれも無理はしないで」
ポテスタース卿に励まされて店に向かうものの、怖くて仕方がない。
でも、信じてもらうためには行くしかない
さあ、勇気を出して足を踏み出そう。
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