死に戻り騎士の言うことには、この世はゾンビのはらわたらしい(新ヒロイン視点)

「ああ、それは僕が死人だからですね」


 イイ笑顔で能天気に宣ったポテスタース卿の台詞にパラクセノス先生、スキエンティア様、私の三人はぴしりと固まった。


「この健康優良児のどこが死人だって?」


 別の意味でイイ笑顔になったスキエンティア様が隣に座ったポテスタース卿の両頬をむにむにと引っ張りながら半眼で問う。

 かなり痛そうではあるが、気持ちは痛いほどよくわかる。この人はいったい何を言っているんだろう。


「痛いよコニー」


 涙目のポテスタース卿はスキエンティア様の手を引きはがして自分の頬をさすった。かなり痛かったようで両方のほっぺが真っ赤になっている。

 この人のどこをどう見ても死人には見えない。それ以前の問題として高位貴族の令息にも見えないが。


「で、そのお前が殺された? 女神とか言うのはさっきクリシュナン男爵令嬢が転生させられたとか言う女神と同じ相手なのか?」


 何かを諦めたような顔のパラクセノス先生が淡々と疑問に思ったことを並べていく。うん、この際細かい事は気にしない方が良さそうだ。


「そうです。創世神イシュチェルと名乗っていました。月と虹の蛇を従える気まぐれな女神で、惨劇と生贄を好みます」


「……お前、そんなのに殺されてよくそんなに元気? だな。とても死人に見えんが、どうやって生き返ったんだ?」


 パラクセノス先生の言葉は疑問符だらけ。無理もない。


「死ぬ間際にとにかく悔しかったんですよね。こんな訳の分からない奴に殺されて、王族を操られて国もめちゃくちゃにされるのかと思ったら。で、無意識のうちにこの生命を捧げていいから、誰かコイツをなんとかする力をくれって祈ってたんです。そしたら自分で自分を生贄に捧げてアレから人を守ろうとしたことになったらしくて。別の女神とかいうのが出てきて眷属にされたんですよ」


「なんなんだそれは」


「月蝕と生贄の守護神イシュタムと名乗っています。やたらと能天気な首吊り腐乱死体の女神です」


「……信じたくはないが……聞いたことがある」


 心の底からイヤそうな顔をしたパラクセノス先生は、研究室の本棚から一冊の本を持ってきた。


「こいつか?」


 開かれたページには古代のものと思しき壁画の模写が載っている。三日月のようなものから垂れたロープで首を吊った髪の長い女性の姿。


「あんまり似てないけどたぶんこの人ですね。何でも女神イシュチェルが自分の世界を作ろうと思った時に、力が足りなかったらしくて。そこで、イシュタム様を呼び出して殺して、その死体を使ってこの世界を作ったとか」


「とんでもなく迷惑な話だな、それ」


「全くです。そういうわけでこの世界はイシュタムの臓物で作られていて、彼女が動くと中の住民がただでは済まないのだとか」


「つまり、この世界は女神イシュタムの臓物はらわたってわけか」


「はい。そして彼女の臓物でできた世界を守るために自ら生贄になった僕は、生贄にされた死者の守護神でもある彼女の眷属となり、あらためて人間の身体を与えられて復活したんです」


 この世界がゾンビの臓物はらわただったなんて、公式設定のどこにも……いや非公式の噂話でも聞いたことがない。

 すごい事実だとは思うけれども、知っても全く嬉しくないというか、むしろ知りたくなかった気がする。


「それで時間が巻き戻った時にポテスタースだけ記憶を持ったままだったのか。今もその死体のままなのか?」


「どうでしょう? 新しくいただいた身体も基本的に生身の人間と変わらないそうなので。ただ、眷属にされてから瘴気を操って魔法を分解できるようになったので、何か簡単な魔法を使っていただければわかるかと」


「それじゃこれはどうだ?」


「今コニーを寝かそうとしましたね?」


 ポテスタース卿が軽く手を振ると、スキエンティア様がきょとんとした顔をした。驚いたのか、アホ毛もぴんと立っている。


「俺は何も感じなかったぞ」


「僕が魔力をキャンセルしたから。先生もわざと弱い魔力しか放ってなかったし、この程度なら簡単に無効化できるよ」


「なるほどな。やはり人外のままのようだな」


「それで記憶が残っているんでしょうね」


「とにかく、クリシュナン嬢が困っている事はよくわかった。それにあまりお近づきになりたくない女神が関わっているのも。この件で女神がどんな利益を得るのか調べる必要があるな。できればクリシュナン嬢を元の世界に返してやりたいし」


「お願いします。私、王子様とか高位貴族との恋愛には興味ないので一刻も早く元の世界に戻りたいです。無断欠勤が続くとクビになっちゃう」


「それは切実だな。可及的速やかに返してやれるよう努力すると約束しよう。ただし、期待はするな」


 放っておけば漫才みたいなやりとりをいつまでも続けそうなポテスタース卿とスキエンティア様を無視して、パラクセノス先生が今後の方針を決めた。

 私が元の世界に戻れるよう力になって下さるとのこと、ありがたい限りだ。


 私自身も人任せにせずに少しでも自分にできる事や恩返しがあれば精一杯やっていくようにしよう。

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