どうして目をつけられたのかわかりました。
「なんと言うか、災難だったね」
今のエステルの話を聞いていると、そうとしか言いようがない。
「ええ、本当に。その自称女神の話によれば、私は彼女が自分の世界と称するゲームを他の人よりもやりこんで、誰もたどり着かなかったようなエンディングにもたどり着けたそうで。そこで、この世界に転生したらきっと自分の想像以上に面白い事をしそうだと思ったのだそうです」
「うっわぁ……君、アレが喜ぶような言動をチョイスしてたんだ……」
ゲームの中ではあの根性悪虹色女神が喜んで期待するような言動を選んでたって事だよね?
なんかすごく常識的な人っぽいのに意外。
「誰も見たことのないエンディングが用意されているって聞いたらどうしても全部コンプリートしてみたくなって、自分ならまず選ばないような言動を選んでみたんです」
「ああ、なるほど」
本当に蒐集家気質の人なんだな。
それとも、そういうなりきりゲームの時には、冷たく突っ込みながらも普段なら決して自分はしない行動を平気でシミュレートしたりするんだろうか?
ちょうど戦略家が地図を前にして、現実では決して使わないような非情な戦術を用いて架空の戦場を構築するように。
彼女はこのゲームに対する異様な熱意のせいで、例の
「でも、あのゲームのエンディングってほとんどが鬼畜なんです。どれも『悪役』を陥れたり衆人環視の中で追及して晒したあげく、残虐な方法で処刑したり、追放後に悲惨な死に方をさせたり。架空の物語の中ならともかく、現実に生きている人間があんな目に遭うなんて、他人であっても絶対に嫌です」
なるほど。芝居の悲劇は楽しむことが出来ても、現実に目の前で同じことが起きるのは嫌だ、という訳か。
僕だって英雄をモチーフにした勇壮な戦闘シーンのある芝居や小説は現実と切り離して楽しむことができるが、さんざん陰惨な戦場を経験したので戦争につながりかねない言動や安易な薬物濫用は絶対に赦せないのと同じだろう。
「だからゲームの内容を再現するのはどうしても避けたいです。母が伝染病で死なないようにしたり、この学園に入学しないで済むよう就活を頑張ったりしましたが、どうしても避けられなくて。これもシナリオの強制力でしょうか?」
「ごめん、シナリオの強制力って概念はよくわからない。とにかく君はあの女神様に巻き込まれて、その物語の主人公にされてしまったんだね? でも、自分も他人も悲惨な運命になるのは嫌だから、その結末を回避したいってこと?」
「信じて下さるんですか? 正直、自分でも胡散臭いと思う話なのに」
転生者でもないのに何故?と不安げに見上げてくる瞳をしっかりと見返して、安心させるように微笑みながら頷いてみせる。
「うん。さっきも言った通り、前に君と同じ『エステル・クリシュナン』と名乗る人に散々な目に遭わされたんだ。この世界はゲームの中で自分はそのヒロインだって主張して」
「なんだか絵に描いたような転生ヒロインですね」
「え? 前回のエステルみたいな人がまだいるの? 絶対に出くわしたくないんだけど」
「珍しくありませんね。むしろ最近の乙女ゲーム転生系って悪役令嬢が主役で痛々しい転生ヒドインにひどい目に遭わされるのが主流だし」
「悪役令嬢? 転生ヒドイン?」
「あまり気にしないでください。悪役令嬢はゲームの中で悪役にされてしまったライバル令嬢、転生ヒドインはゲームのヒロインに転生して好き勝手やる人のことですね」
次々聞き覚えのあるようなないような言葉が出てきたけれども、無理に理解しなくても良さそうなのでもう気にしないことにした。
「なるほどね。それで、エンディング? を迎えた後、だいぶ経ってからなぜか今朝に巻き戻ってたんだ。どうも、さっき君と一緒にいたパブリカ嬢をはじめ他の人たちには『前回』の記憶がないようだね」
一通り話が終わると、彼女は難しい顔でしばし考え込んでしまった。
「プレイヤーを変えて周回しなおしたんですね」
「周回?」
「女神がプレイヤー、つまりエステル・クリシュナンの人格を入れ変えてもう一度ゲームを最初からやり直そうとしているんです」
「なるほど」
「ああもう、どうしよう。ゲーム通りだと、『主人公』の私か『悪役』のどちらかがが地獄に落ちるんですよ。私はどちらも嫌なのに」
途方に暮れたように髪をかきむしるエステル。だいぶ参っているようだ。
「お願いです。私が破滅する道も『悪役』が破滅する道も両方回避できるよう、力を貸していただけませんか?」
「うん、それは勿論だけど、僕たち二人だけだと限界があるよね。とりあえず信用できる人に力になってくれるか頼んでみない?」
「はい、そうしたいです」
そうと決まれば力になってくれそうな人のところに相談に行くことにしよう。
まずは……やっぱり彼のところに行くのが良さそうだ。
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