恋愛ゲームとはどんなものかしら?

 この世界が「自分のしていたゲームとよく似た世界だ」というエステル。


 彼女の説明は理路整然としていてわかりやすく、感情的にわめくだけだった前回のエステルとは全くの別人だとよくわかる。

 おとぎ話に出てくる精霊ジンがどこかから呼び出されてランプなどの器に憑依させられているように、彼女たちも魂だけが「元の世界」とやらから呼び出されて用意された器の中に憑依させられているのかもしれない。


「この世界はシミュレーションゲームの中でも『乙女ゲーム』と呼ばれる恋愛を疑似体験できるゲームの一つに似ています」


「 恋愛を疑似体験する?」


「はい。色々なシチュエーションで素敵な殿方との恋愛を疑似体験する遊びで、対象となる相手と一緒にいる時にどんな発言や行動をするかによって結末が変わる物語のようなものです」


 本音を言えば、僕にはわざわざそんな面倒なことをしたがる気持ちがよくわからない。

 恋というものはやりたくてもできるものじゃないし、したくなくても気が付くとどっぷりつかってしまっていることがあって、自分で自分をコントロールできなくなることもあると聞く。

 義務や責任よりも優先してしまう感情というのは、仕事と勉強で手いっぱいの僕にとってはあまり関わりたくないものだ。


「普通はゲームの主人公が恋愛するにあたって切磋琢磨して競い合うライバルがいるんですが、この世界によく似たゲームではそのライバルが『悪役』として主人公に危害を加えてくるんですよね。階段から突き落としたり、お茶会の時にカップに毒を塗ったりして」


「なんだか物騒だね」


「はい。少し不穏な展開を売りにしていて、そこが普通のゲームと違うと人気でしたね。そして、攻略対象者と協力してその『悪役』と戦い、断罪する事で親密になるというシステムで……」


 不穏な展開が人気とは、ずいぶん物騒な社会だったようだ。

 そういったものを娯楽と受け止められるほど治安もあまり良くなかったのだとすれば、彼女が異様におびえていたのも納得がいく。


「だから物語そのものは少し私の好みからは外れていたんですが、そんなことが気にならないくらいに選択肢の自由度が高くって。グラフィックもめちゃくちゃきれいだし、エンディングも数えきれないくらいのバリエーションが用意されていたので、つい全部観たくなってしまって。すっかりはまってしまったんです」


「エンディング?」


「物語の結末のことですね。ハッピーエンドにしても、普通に狙いをつけた攻略対象者と卒業後に結婚してめでたしめでたしというノーマルエンドもあれば、友人として末永く良い関係を築く友情エンド、結婚後に豹変した対象者に監禁されるメリバと呼ばれるバッドエンドもありまして。普通のゲームには各キャラに三つくらいエンディングがあればいい方なんですが、これはもう無限といっていいくらい様々なエンディングがあるんです。そのエンディングでみられるムービーがどれもこれも素晴らしくて。もちろん攻略中の見せ場でみられるスチルも素晴らしいんですが」


「そ……そうなんだ。それで?」


 急に熱心に語り始めたエステルに少し気圧されてしまった。

 立て板に水とばかりに並べられる言葉に込められた熱量は、なんだか魔術について話しているときのパラクセノス先生に通じるものがある。

 さっきまで怯えきっていた内気な少女はどこに行ったんだろう?


「私、ついつい全てのエンディングを見てみたくていろいろな選択肢を試しまくったんです」


「えっと……そんなに何度もエンディング見て楽しいの?」


「ほら、限定品の茶器とか人形とか、シリーズで全部集めたくなるじゃないですか。中にはそんなに好きじゃないものが入ってても、とりあえず一通りはそろえるみたいな。とにかくどのムービーも素晴らしくて、何度見ても飽きないんですよ」


「ああ、なるほど。コレクター感覚なのかな?」


「そうですそうです。ゲームの結果、表示される絵が違うので全部集めたかったんですよ」


 収集癖のある人にありがちな「好みかどうかは別としてとりあえず全部集めたい」ってタイプなのかな?

 少し引き気味に訊ねてみると、わが意を得たりとばかりにこくこくと頷かれた。

 頬を紅潮させ目をらんらんと輝かせていて、さっきの心細そうな姿とはもはや別人だ。

 よほどそのゲームが好きだったのだろう。


「なるほどね。それで、なんでこんなところに連れてこられちゃったの?」


「それは私にもわかりませんが、事故に巻き込まれたかと思ったらいきなり真っ白な空間に連れ込まれまして。『あなたは死んだのよ』とキラキラした女神と名乗る人型の何かに言われたんです」


 人型の何か、とはよく言ったものだ。

 あれは「女神」と呼ぶには幼稚で身勝手すぎる。


 あれに見込まれてしまったのは災難としか言いようがない。

 彼女にとっても、この世界そのものにとっても。

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