話を聞いてもらえそうです(現ヒロイン視点)

 転入初日。

 とにかく攻略対象者に会わないように必死で校舎に向かっていた私は、何もないところでずべしゃっと転んでしまった。

 ちょうどそこに金髪碧眼の絵に描いたような王子様……実際にゲーム内でも王太子であったクセルクス殿下とその側近二人がやってくるではないか。これはお約束の「王子様との出会いイベント」に間違いない。残念ながら、スマホの画面越しにこの場面は飽きるほど見た覚えがある。

 やはり「物語の強制力」に縛られているのかと泣きたくなった。


 王太子殿下から差し出された手を思わず拒んで必死で駆けだすと、また転んでしまった。

 どうして何もないところでこう何度も転ぶんだろう。もう泣きたい。


 そこに追いかけてきてくれたらしい少年が手を差し伸べてくれた。


 燃えるような赤毛の長髪で左右の耳には色とりどりのピアス。

 深夜の渋谷センター街か池袋映画館通りあたりにいそうな姿に、親切で声をかけてくれたのだとわかっていても身がすくむ。


 彼は私の記憶に間違いがなければ攻略対象者の一人で、現役の騎士でもあるヴィゴーレ・ポテスタース卿だ。

 見た目はともかく生真面目で人の好い人物で、ゲーム内ではチュートリアルも兼ねた攻略難易度の低いキャラクターだった。


 ただし、一定ラインまで好感度を上げるのは簡単だが、複数の攻略対象者と親しくなりすぎたり、勉強が疎かになると徐々に下がっていくのはあまり知られていない。更に言うと、むやみにボディタッチすると一気に好感度が下がってしまうので、友情エンドはノーマルエンドは易しくても、トゥルーエンドを迎えるのはかなり難しいというトリッキーなキャラだ。


 彼はどう接して良いかわからず怯える私に気を使って、わざと口調を崩して気さくに接してくれた。

 やはりゲームの設定どおり、人の好い少年なのだろう。逆に言えば、ゲームの設定どおりに理不尽な断罪劇にも素直に加担してしまうかもしれない。

 やはり深く関わらないに限る。


 彼は授業を休んで今日一日案内すると申し出てくれたのだが、断って授業に出席した。

 彼もどうやら本音を言えば休みたくなかったらしく、お断りした途端にほっとしたように政経科の教室に戻っていった。少しだけゲームの進行と違うようで違和感を覚えたが、気にするほどの事でもないだろう。


 授業の内容は前世の中学から高校程度のものなので、さほど苦も無く理解できた。

 転入生という事で、クラスメイトのオピニオーネ・パブリカ伯爵令嬢が親切に色々と教えてくれる。そういえば彼女はゲーム内ではヒロインに様々な情報をくれるお助けキャラだった。

 休み時間のたびにポテスタース卿も様子を見に来てくれて、その日は何とか終わらせることができたが

、やはり昼休みにぶつかられて昼食を落としてしまったり、「イベント」がシナリオ通りに発生していて気が重い。


 幸い、攻略対象者たちとは必要以上に関わらずに済んだのだが……このままゲームの「シナリオ」に飲まれてしまうかと思うと恐ろしくて仕方ない。


 極めつけは帰り際、正面玄関の階段から落ちてしまったことだ。それもクセルクセス殿下の目の前で。

 親切に助け起こそうとしてくれた殿下には申し訳ないけれども、オピニオーネ嬢の手を借りて何とか立ち上がった私は恐怖のあまり逃げ出してしまった。

 

 校舎の裏で泣きそうになっていると、追いかけてきてくれたポテスタース卿が「何をそんなに怯えているの?」と訊ねてくれた。


「もしかして『ゲーム』とか『転生者』に関すること?」


 その言葉を聞いて、この人にはわかっているんだという安堵に力が抜けた。

 もしかすると彼も転生させられたのかもしれない。


 どうやら一人で悩まずにすむようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る