なぜか異様におびえています。
昼休み、昼食が終わるとエステルはピオーネ嬢と仲良く教室に帰って行った。
まだぎこちなくはあるが、善良で人の好いピオーネ嬢と一緒なら、そのうちクラスになじむこともできるだろう。
午後の授業が終わって、いつもならすぐに騎士団に戻るところをいったん教養科のクラスに立ち寄ることにした。
ちょうどHRが終わったところらしく、手早く帰り支度ができた者から三々五々と帰宅していく。
もちろん殿下たちは無駄口を叩きながらもたもたと荷物をまとめているところだ。
エステルはピオーネ嬢と何か話しながら教室を出ようとしていたところで僕に気付いたらしい。
「ごきげんよう、ポテスタース卿。殿下に御用ですか?」
エステルのこわばった表情に気付いたのか、ピオーネ嬢が前に出て挨拶してくれる。
う~ん……警戒されてるなあ……
この他人行儀でピリピリした対応を見るに、ピオーネ嬢には「前回」の記憶はないようだし。
「一応、転入生を今日一日ご案内するよう仰せつかっていますので。馬車停までご案内します」
「そんな……わざわざ恐縮です。わたし……わたくしは大丈夫なのでどうかおかまいなく」
おや、涙目で断られてしまった。
「わたくしがお家の方のところまでご一緒しますからご安心を」
ピオーネ嬢が怯えた様子のエステルの背中を安心させるように優しく撫でながら有無を言わさぬ口調で言った。こういうところ、やっぱり優しい人だな。
慣れないところで一人で困っている女の子を放っておくような人じゃない。
それなら変につきまとって怖い思いをさせるより、ピオーネ嬢にお任せした方が良いかもしれない。
本当に「今回」のエステルは前回とは全く別人なんだな、と実感する。
「前回」の彼女であれば男性と一緒にいられる機会があれば絶対に逃さず、ぐいぐい親しくなろうとしたはずだから。
「それではパブリカ伯爵令嬢のお言葉に甘えて僕は仕事に戻る事にしますね」
この場は退散することにして、僕も校舎を出ることにした。
そのすぐ後のこと。
「きゃあぁああああっ!!」
甲高い少女の悲鳴に駆けつけると、玄関前の階段の一番下、クセルクス殿下と取り巻き二人の目の前で倒れているピンク髪の少女の姿があった。
「あらあら、ちゃんと前を見て歩かないとあぶないですわよ」
昼休みにも見かけた女生徒がくすくすと笑いながら嫌味を言ってそのまま立ち去ろうとする。ずいぶんと下品な人だけど、教養科の生徒かな?
今まであまり見かけた覚えのないひとなんだけど。
「おい、大丈夫か? そこのお前、わざとぶつからなかったか?」
殿下も目の前に転がり落ちてきた令嬢を無視するわけもなく、手を差し出しつつ、嫌味を言った女生徒に声をかける。
僕も慌てて側にいくと、彼女はピオーネ嬢の手を借りてようやく身を起こした。
「お……お騒がせして申し訳ありません。わたしは大丈夫なのでどうかおかまいなくっ!!」
どうやらもう主語を言い直す余裕もないらしい。
震えるような声で一気に叫ぶと、差し出された殿下の手から逃れるように駆け出した。
さすがにこれは放っておくわけにも行かないだろう。
「大丈夫ですか?」
「来ないで!!」
意外に素早いエステルを追いかけて、校舎裏でようやく追いつき声をかけるが、思いのほか強い口調で拒絶された。
「来ちゃダメ!! お願いだから私を放っておいて!! 私に関わるとみんなひどい目に遭うわっ!!」
かなり混乱しているようで、目にいっぱい涙をためながらも小さな体から精一杯の声を出している。
その尋常ではない怯えように、放置しておいたら取り返しのつかないことになると心のどこかから警鐘が鳴った。
「何をそんなに怖がっているの? 僕でできる事なら協力するから、まずはちゃんと話してくれないかな? 何が危険なのかわからないと、その『ひどい目』っていうのも回避できないでしょう?」
しっかりと目を合わせて優しく笑いかけながら、あえて改まった口調を避けて穏やかに話しかけてみる。
「ダメよ!! 絶対信じてくれるわけがない!!」
ヒステリックに叫ぶ彼女に、ふと思いついて訊いてみる。
「それって『ゲーム』とか『転生者』に関すること?」
その単語を聞いたとたん、エステルは大きく目を見開いたかと思うと脱力したかのように座り込んだ。緊張の糸が切れたかのように表情を緩めると、まるで首振り人形のようにこくこくと頷いている。
どうやら話してくれる気になったようだ。
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