まるで別人のようです。
学園長の依頼で出迎えた転校生エステル・クリシュナンは、僕の知る同じ名前と容姿を持つ人物とはあまりにもかけ離れていた。
貴族に対してどう振舞っていいかわからず、怯えて戸惑っている平民そのものの態度に違和感を覚えつつ、彼女に合わせた対応をする。
「怖がらなくていいよ。僕はヴィゴーレ・ポテスタース。君と同じ五年生で、今日は転入生の君を案内するように言われてるんだ。お名前、うかがってもいいかな?」
仕事で下町の平民たちと話すような、気さくな表情と話し方を心がける。
にっこりと笑いかけると、桜色の髪の少女は意を決したように深呼吸を一つして僕の手を借り立ち上がり、ぴしりと姿勢を正して答えた。
「あ……ありがとうございます、ヴィゴーレ卿。わたし……わたくしクリシュナン男爵家のエステルと申します。さっきから失礼な態度をとってしまって申し訳ありません」
驚いた。
貴族としては全くなってないと言われてしまえばその通りだが、教養のある平民が貴族に対する態度としては充分礼儀をわきまえた物腰と言葉遣いだ。
声も「前回」の幼く甘ったるい声ではなく、少し震えてはいるがはっきりとした聞き取りやすい発声で、知性と教養が伺える。
これならば今すぐ貴族の屋敷でメイドとして働く事もできそうだ。
「本日付でこの学園に編入することになりましたが、ついこの間まで平民だったので、貴族の皆さまとどう接したらいいかわからず戸惑ってしまいました。今日はよろしくお願いしましゅ」
……最後に噛んでいたのは気が付かなかったことにしておこう。
「どうか気にしないで。初めてのことだから戸惑ったんでしょう? 困ったことがあれば何でも言ってね」
「ありがとうございます。わたし……わたくし緊張してしまって。みっともないところをお見せしてお恥ずかしいです」
「ふふ、ほんとだ。右手と右足が一緒に出てる」
「ご、ごめんなさい。……じゃなかった、申し訳ありません」
あまりに緊張しきった様子が気の毒になって、わざと悪戯っぽく笑いかけたのだけど、かえって恐縮させてしまったらしい。
「僕は貴族と言っても卒業したら家を出るし、同僚には平民も多いからあんまりかしこまらないでくれると嬉しいな。気楽に何でも話してね」
すこしでも緊張をほぐしたくて、できるだけ気楽な調子で話しかけるが、彼女は恥ずかしそうにうつむいて口をつぐんでしまった。
同じ顔と声の、しかし全くの別人としか思えない「前回」のエステル・クリシュナン令嬢を思い出すと、何とも不思議な気分になってくる。
あの時のエステルは転校初日からやりたい放題だった。一日中クセルクセス殿下にべったりとついてまわって、事あるごとに抱きついていたものだ。
僕に対しても、何か買ってほしいものがある時だけはまとわりついて露骨に媚を売ってきたが、今から考えると最初から格下と見下して、ぞんざいに扱っていた気がする。
「今回」のエステルは、殿下が声をかけるだけで飛び上がって怯えていた。
僕に対しても見下すどころかしきりに恐縮して戸惑っている。
つい最近まで平民だった下級貴族の子女としてはこちらの態度の方が自然ではあるが、あまりにも「前回」とかけ離れすぎていてかえって警戒してしまう。
この違いは一体どこからきているのだろうか?
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