幕間その2

賜る杯

 王宮の外れ、寂れた塔の一角に妙にものものしい警備がしかれている部屋がある。

 薄い絨毯が敷かれた廊下を踏みしめるかすかな足音と共に、何者かがその部屋に向かっていて、見張りの二人の表情に緊張が走る。


 二十代の半ばだろうか。いかにも実直そうながっしりとした騎士が廊下の曲がり角から姿を見せて、見張りに声をかけた。

 深紅の騎士服に金糸の刺繍。近衛連隊の士官である。


「あ、少尉。お疲れ様です」


「ああ、お疲れ様。変わりはないか?」


 見張りたちにとっては顔見知りのようで、顔を見た途端に警戒を解いた。


「はい」


「お客様は今日もご機嫌のようですよ」


 しかし、騎士が手にした盆とその上に載った豪華な杯に目が留まると、とたんに二人の表情が曇る。


「それは、もしかして」


「ああ、陛下が尋問にあまり時間をかけるのも良くないとおっしゃってな」


「命令書は」


「こちらに。確認と受領サインを頼む」


「かしこまりました」


 紛れもない国王陛下の玉璽が捺された命令書に、衛兵たちがサインをすると、騎士は物憂げに重い息を吐いた。


「では、入らせてもらうぞ」


「どうぞ」


 重々しい音と共に扉を開くと、騎士がゆったりとした歩調で室内に入った。


「ぐああああぁっ」


 獣じみた悲鳴と何かが転がりまわるような物音。

 何かが倒れたような音とガラスが割れるような音。


 扉の両側を固める衛兵たちの顔が苦しげに歪む。

 いずれこのような裁量が下るのはわかってはいた。それでも、かつては身近に働いていた少年が、苦しみ抜いて死に至る様をただ聞いているだけというのは、なかなかにやり切れないものがある。

 第一王子に長年にわたって危害を加えてきた反逆者だ、という容疑は頭では理解している。それでも、そのような恐ろしい罪と、幼い頃から接してきた彼との記憶がどうしても結びつかないのだ。


 どのくらい経っただろう。あれだけ騒がしかった室内が急に静かになった。

 ほどなくして、ぴくりとも動かない人体を担いだ先ほどの騎士がのそりと顔を出す。

 口の端から泡だった涎を垂らし、血の気のない顔はあどけなさが残っている。

 大人びた言動と大胆な立ち居振る舞いで年齢よりもはるかに年上に見えた彼も、年相応の少年だったと改めて痛感して少しだけ胸が痛くなった。


「少尉、それは……」


「ああ。早急に始末せよとの仰せだ。このまま市外に運んで燃やす」


 弔うなどもってのほかとわかっていても、動かなくなったらすぐに燃やすとは……さすがに哀れでいたたまれない。


「遺体の検分は?」


「クセルクセス殿下に気付かれる訳にはいかないからな。手間をかけている時間がない」


 にべもなく言われてしまえばそれ以上さしはさめるような言葉もなく。

 ただの物体として運ばれていくかつての同僚を見送る衛兵たちの顔には痛まし気な表情がしばらく浮かんでいた。


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