謀略と逆恨みと責任転嫁

 ポントス・フレベリャノが最初に捜査線上に浮かんだのは、彼を不審な人物が尋ねてきて、彼の親戚が冤罪を着せられそうだとクセルクセス殿下に訴えたから。

 結局、密輸の嫌疑がかかっていた貴族や商人たちとフレベリャノ家はもちろん、母親の実家のコミトプリ子爵家、更には祖母の実家のデヴォル子爵家ですら全くの無関係だった。

 血縁関係はもちろん、社交上の交友関係も、出入りの商人の取引すら。


 にもかかわらず、奴は逃走をはかり、奴に対する嫌疑を確たるものにしてしまった。狡猾なポントス・フレベリャノが安全で謀略を巡らすにも有利な立場を捨ててまで逃げ出したのは、それだけさし迫った身の危険を感じたからに違いないのだが……

 その脅威とは、いったい何だったのだろうか?


「なるほど。僕が言った密輸ルートは図星でしたか」


「ああ。見事なまでに図星だったよ」


 敵の密輸ルートを見事に言い当てたにもかかわらず、悔し気なヴィゴーレ。

 うかつにも容疑者の一人に聞かれてしまった事を悔やんでいるのだろう。


「まぁでも、俺が逃げ出さざるを得なくなったのはそのせいじゃない。お前も行ったなら知っているだろう? あの辺りの山は広く険しく人口も少ない。ごく小規模な組織であれば、領内を密輸団が通過しても全く気がつかない事なんて珍しくないからな。まして自分の家ではなく、もう他界した祖母の実家だ。それだけで俺自身に嫌疑がかかるとは思えなかった」


「ではなぜ逃走したんです? 今まで通りに堂々としておられればここまで追いつめられる事もなかったでしょうに」


「良く言うよ。その後お前はこう言っただろう。今日のところはいったん帰して、デヴォル子爵家に……お祖母様の実家に人を直接送ってよく調べろと。人も山も徹底的に。山岳部の人目につかない屋敷では、幼い子供に目の行き届かないことなどいくらでもあるのだから」


「……なるほど。本命はイスコポルではなくシニチェでしたか。あれだけの街が襲われれば、その周辺の小さな村が壊滅したところで誰も気に留めない」


 ここでようやくヴィゴーレは大きく感情の動いた顔になった。円い琥珀色の目がすうっと細められ、びりびりとした殺気が放たれる。

 先ほどまでのきょとんとした、あどけない姿とはまるで別人だ。


「まがりなりにも嫌疑がかかっている人物の前でうかつでした……口にするのは確実にご自宅に送り届けた後にすべきでしたね」


「そうさ。今回の襲撃で死んだ一万人はお前が殺したんだ。生き残りは奴隷に売った。死んではいないが、いっそ親兄弟と一緒に死ねた方が幸せだったろうな。それも全部お前のせいだ!!」


 嘲りと悪意がたっぷりとこもったポントスの言葉に、ヴィゴーレの顔が大きく歪んだ。

 怒り、悲しみ、後悔、そして自責……様々な感情が入り混じった悲痛な表情。見ている方が胸が痛くなるような顔でぎりりと歯を食いしばる。


「一体何の話だ? そこの馬鹿が何をしたんだ? いい加減にポントスを離せ!!」


 全く話についていけてないクセルクセス殿下が叫んだ。

 見当外れである事は間違いなさそうだが、情けないことに事情がよくわからないのは俺も同じだ。


「つまり、この子が余計な事を言いだしたせいで村一つ丸ごと潰す必要が出たのさ。本命を隠すために周りの村も潰して、ついでに手間賃もごっそり頂いたって訳」


「なに?」


山間やまあいの小さな村の屋敷なら、幼い子供に目が届かないことなどいくらでもある。つまりはそういう事だろう?」


 何だかとても嫌な予感がする。

 さっきのヴィゴーレの発言もあわせて考えると……まさかこいつの祖母は……


「やはりあなたのお祖母様がエルダ山岳党クレプテインだったんですね。物心つく前から」


「弱小貴族の愛人の子供など、生まれなかった事にしてすぐに殺される。ただし、それは男の場合。女は器量が良ければ家に迎え入れられる。政略結婚に使う、都合の良い商品としてな。不細工は早死にしてもらうことになるが」


 ようやく合点がいった。

 つまり、こいつの祖母はデヴォル子爵家に入り込んだのだ。使い勝手の良い駒になる庶子のふりをして。


「だから人目を避けて山間の小さな村で育てる。使えそうなら本宅に受け入れ、そうでないなら最初からいなかった事にできるように。そこにあなたたちは目をつけたんですね」


「そうさ。愛人宅の使用人たち……いや、あの村に住んでいた者はみな俺たちの仲間だった。お祖母様はそこで徹底してエルダの闘士として育てられ、賢く美しく成長して本宅に迎え入れられた」


 村が丸ごと敵地なら、愛人一人では何もできなかっただろう。それとも愛人も奴らの一味だったのだろうか?

 生まれた子は彼らの子と入れ替えられたのか、それとも実子が洗脳されて手駒に仕立て上げられたのか、今となってはわかるまい。


「そこで南部とは無関係の家に嫁ぎ、生まれた娘も自分と同じ工作員に育て上げたんですね」


「ああ。母上も、母上が実家から連れて行った使用人たちもみな誇り高き山の戦士だ。当然、俺も生まれながらの……いや、生まれる前からの闘士だったという訳だ」


 拘束されたままで傲然と胸を張るポントス。

 もはや逃れられぬと悟って何もかもぶちまけるつもりのようだ。


「まったく、なんて気の長い工作だろうね。親子三代ということは、かれこれ五十年はかかっているじゃないか。ということはうちの独立の頃からずっと機会をうかがっていた訳か」


「ああ。独立時の混乱に乗じてどう転んでも良いようにあちこちの貴族に仲間を送り込んでいたって訳だ。母上の場合はたまたま王太子妃と同級生になった。そこでうまく気に入られることができたから、乳母として仕えて生まれた王子を自分に都合よく育てる事にしたんだ。流石にここまでぽんこつに育つとは思わなかったがな」


 呆れたように口を挟む王弟殿下をポントスが鼻で嗤う。


「いや、君が侍従として付き従っている間は全くボロを出さなかったからね。この一年で急におかしなことばかり言いだすからびっくりしたよ。まったく、うまくやっていたものだ」


「常にお傍で誘導していたんでしょうね。殿下もあなたの言葉にだけは素直に従うようですから。もはや盲目的なくらいに」


 感心したように言う王弟殿下とヴィゴーレ。

 二人とも口調は冷静なのに目は怒りと憎悪でギラギラと光っているのが恐ろしい。


「依存させすぎて、君がいないとまともな言動を取れなくなったのが誤算だったね。今回だって、セルセがあんなに騒がなければ最初から事情聴取なんてなかっただろうし」


「ああ。ゆっくり内部崩壊させてやろうと思っていたが、ここまで愚かだったとは大誤算だ。従順にさせようとするあまり、自発的にものを考えないように仕向けたのが失敗だったな。離れているのはせいぜい一年で、学園に入学したら何だかんだと一緒にいるつもりでいたから」


 嘲るように言う王弟殿下に諦めたように答えるポントス。

 どこまでも道化として語られるクセルクセス殿下が哀れだ。


「そんな……嘘だ……」


「何が嘘なんだい、セルセ? お前は母上と俺が心を込めて育ててやったんだぜ? この国を滅びに導く愚王として、周辺諸国に混乱と争いを撒くようにって」


 残酷な現実を受け容れられずに頭を振るクセルクセス殿下に、ポントスが獰猛な笑みで猫なで声を出す。


「まさか一年保たないほど愚かだとは思わなかったが。やっぱり甘やかしすぎたな。自分でものを考えないよう、何もかも先回りして俺がお膳立てしてやってたから」


「そのせいで暴れる予定が大幅に早まって、襲撃が中途半端に終わったんだろう? お陰で被害がこれだけで済んだんだから、セルセには感謝しなきゃな。本当はイスコポルじゃなくて、コルチャとエルセカ……それからプレゼジダあたりを盗るつもりだったんだろう?」


 なぶるように言葉を紡ぐポントスを、嘲りを隠さないマリウス殿下が遮った。

 ことさらに奴の狙った成果が得られなかった事を強調する。


「なるほど、あの辺をおさえておけばスルビャやモエシアにも睨みが効きますね。交易の中心だから経済的にも潤うし、湖や河を使えば広い範囲に能率よく軍を送ることができる」


「ああ、ダルマチアとはもっとこじれてからぶつかる予定だったからな。北で二国が思い切りやりあうようになれば、スルビャやモエシアも黙っていないだろう。干渉が入り始めたところで山々に潜伏した仲間が一斉に決起して、一気に落とす予定だった。まさかダルマチアがこんなに早く突っかかってきて、しかもあんなにあっさり退くとはね」


 奴の真の狙いを聞いて納得しているヴィゴーレに、ポントスはいっそ清々した口調で言い放った。

 何もかも露見した今、やけくそになっているのかもしれない。


「もともと準備不足だった上に偵察に出ていた騎兵が一個小隊とは言え全滅したからな。実際の損失よりも得体のしれない恐怖が先に立ったんだろう」


「それもこの子の仕業だっけ? さっきのでどんなカラクリだったかやっと解ったけど、全く大したもんだね。ことごとく邪魔してくれちゃって」


「……つまり、こいつが悪いんだな……」


 呆れたような、それでいて心底感心したようなポントスの言葉に、絞り出すようなクセルクセス殿下の唸り声が重なった。


「「「?」」」


「こいつのせいで……こいつのせいで戦争が起きて……リタイとポントスがいなくなったのも、街が壊滅したのも、俺が愚かだぽんこつだと言われたのも……」


 唖然とする人々を尻目に、あまりにも見当外れな恨み言を呪詛のように並べる殿下。

 異様な空気に諌める言葉が浮かばぬうちに、ポントスが嘲りと悪意の毒をたっぷりと孕んだ口を開いた。


「ふふ、そうだよ。全部全部、ぜ~んぶ、この子の仕業だ。『鮮血の白薔薇』とはよく言ったもんだ。見た目は清らかで愛らしいが、他人様の生き血を啜って生きている。魂まで汚れるだけ汚れた悪魔の化身だ」


「……っ」


 大きく目を瞠って息を飲むヴィゴーレ。

 瞳に浮かんだ自責と自己嫌悪が強くなるのが傍目にもわかるほどで痛々しい。


「やはりそうだ……こいつがみんな悪いんだ……」


「セルセ、お前はちょっと庭で頭を冷やしておいで」


 ぶつぶつとうわ言のように呪詛を吐き続けるクセルクセス殿下をマリウス殿下が外に連れ出させる。


「さて、君も楽しいおしゃべりの続きは場所を変えてしようか」


 実にイイ笑顔で拘束したままのポントスを近衛騎士たちに連れ出させると、王弟殿下はしゃがみこみ、俯いて黙りこくっているヴィゴーレの顔を気遣わしげに下からのぞきこんだ。


「お疲れ様、今日は助かったよ。あとは諜報うちで引き継ぐから。白薔薇ちゃんは部隊に帰ってゆっくりお休み」


「……僕が……」


「うん?」


「僕がもっと気を付けていれば……こんな事にならずに、スムーズに彼を逮捕できていたんでしょうか……」


「いや、それはあり得ない。奴らは五十年近くかけて国家転覆を企んでいたんだ。犠牲は大きかったが、発見が遅れていたらこんなものでは済まなかったはずだ」


「でも……っ!!」


「いいかい、君がいくら優秀でも、君一人の力で破壊工作が防げたり、犯罪組織を事前に抑えられる訳じゃない。逆に、君一人のミスごときではここまで大規模な悲劇は起きないよ。あまり思いあがらないように」


「……」


「今日はいったん帰ってお休み。大丈夫、君は何も悪くない」


 王弟殿下は泣きそうに顔を歪めた彼に優しく言うと、青藍色の軍服姿の騎士を呼び寄せてヴィゴーレを部隊へと送らせた。

 振り向きもせずに立ち去った背中はいつもより更に小さかった。

 

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