本屋さんに行こう

※ヨギリ(TwitterID:@tane_hanashi_No)さんからめちゃくちゃ可愛いヴォーレのイラストを頂いたので、それに合わせてSSを書きました。

イラストは近況ボードに貼ってあります

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 今日は珍しく定時で勤務が終わった。しかも夜の巡回もない。

 そう言えば行きつけの書店から欲しかった医学書が入荷したという報せが入っていたっけ。

 うん、これは早速買いに行くしかない。


 次の休みの日に行くつもりだったけれども、急な任務が入って丸一日出動する羽目になることだって珍しくないもの。

 行ける時にさっさと行くに限る。


 と言う訳で、書店に来たのだけれども。

 せっかくなら他にもどんな本が出てるか見たいよね。閉店までまだだいぶ時間があるし。

 あ、シュリーフェンの軍学論、新刊が出てるんだ。

 ちょっと高いけど欲しいなぁ……ぱらぱらとめくっていると、ふいに声をかけられた。


「なんか難しい本読んでるね。そういうの、興味あるの?」


 振り返ると前の丈が短いジャケットの裾からウエストコートコルセット兼用ベストと白いシャツをのぞかせた軽薄そうな男性が立っていた。


 僕よりもやや年上だろうか?

 僕より頭一つ分は高い長身がちょっぴり羨ましい。軽くウェーブのかかった栗色の髪は刺繍入りのリボンでまとめられ、にんまりと細められた深い緑色の瞳にはどこか他人を見下すような傲慢な色が宿っている。

 何色もの細かな縞を織り出したつづれ織りのウエストコートも、バックルに細かな彫刻が施されたベルトや靴も上質なもので、一目で裕福な貴族か紳士階級だと知れるが、それにしては見ない顔だ。

 頻繁に王都の社交界に出入りしている人間ではないだろう。


「へえ、オストマルク語読めるんだ。可愛い顔して頭いいんだね」


 褒めているつもりなのかもしれないけれども、下卑た笑いには嘲りの響きがこもっていて気分が悪い。

 何より、スキンシップを好み、他人との距離が物理的に近いと言われがちなシュチパリア人の僕から見ても、距離が近すぎて気持ち悪い。


「どちら様でしょう?」


「うわぁ、お堅いねぇ。難しい本読んでるし、お勉強ばっかで遊んでないでしょ? 友達いないんじゃない? 人生損してるよ」


 ヘラヘラ笑う態度にどうにも苛立ちがこみあげて来る。

 確かに僕は子供の頃から任務と勉強に明け暮れてきたけれども、コニーやエサド、アミィ嬢やピオーネ嬢といった素晴らしい友達がいる。

 休みの日には彼らと遊びに行ったりもするし、充分すぎるくらい人生は楽しんでいるつもりだ。


 もっとも、こんな無礼な奴にいちいち言う気はないけど。

 うんざりした気分で手元の本に再度目を落とすと、あろうことかその男は僕の手から本を取り上げた。


「ちょっと、それは貴重な本なんですから雑に扱わないでください」


「いいからいいから。こんなつまんない本ほっといて、遊びに行こう。俺が色々と手トリ足取り教えてあげるよ」


 馴れ馴れしく肩を抱かれて鳥肌が立った。

 思わず肩に置かれた手を思い切りつねり上げる。相手がひるんだすきに、取り上げられた本を取り返した。


「痛たたたたっ! このアマ、優しくしてやればつけあがりやがって……っ!!」


 途端に激昂するキザ男。どうやら僕を女の子と見間違えたらしい。


「いい加減にしてください、馴れ馴れしすぎます。それから僕は男ですよ」


「ふざけんな、見え透いた嘘つきやがって」


 シュリーフェンの新刊を「つまんない本」と言ったことも許せない。

 さすがに店内で暴れる訳にはいかないが、ちょっとくらいこらしめてやらないと気がおさまらない。

 すっかり血が上った頭でどう仕返ししてやろうかと思案していると、横から出てきた手に引き寄せられて、見慣れた文官服の後ろに隠された。


「こんにちは、私の友人に何かご用ですか?」


 口調こそ丁寧だが、多分に圧がこもった声に、キザ男も気圧されたのかぐっと言葉に詰まっている。


「コニー、来てたんだ」


「ああ、今日は定時で帰れたので何か新刊が出てないかと思ってな。まさかここで会うとは思わなかった」


 気持ち悪い相手との間に物理的にも割って入ってくれた友人の姿にほっとして、苛立ちがすっと消えていく。


「僕も珍しく定時で上がれたんだ。頼んでた本も入ったみたいだし、取りに来るついでに色々見ようと思って」


 思わぬところで気心の知れた友人に会えて、ほっとしたのと嬉しいのでついつい声が弾んでしまう。


「なんだよ、男がいるならいるで最初からそう言えよ」


「……だから、僕が男だって言ってるのに……」


 捨て台詞を残して去っていったキザ男に思わずぼやくと、コニーがたまらずといった風情で吹き出した。


「気にするな、いつもの事だろう」


 そのままくっくっと喉の奥で笑いながらぽすん、と頭に手を置かれ、ついついむぅっとふくれてしまった。


「ほら、そういう顔をするから間違われるんだ」


「だってコニーがあんまり笑うんだもん」


 もともと女の子に間違われやすいけれども、最近は特にひどい気がする。


「すまんすまん。それにしても、随分と表情豊かになったもんだな、お前も」


「そうかな?」


 どちらかと言うと貴族や軍人にしては表情がわかりやすいと言われる方なんだけど。むしろコニーの方が表情があまり大きく動かないので、色々と誤解をされやすい。


「ああ、初めて会った頃は無理して笑顔を作っているのが丸わかりだったからな。見ていて痛々しかった」


 そう言ってコニーは少し遠くを見るような、何かを懐かしむような目をした。


「お前は学園にいた頃も、あえて表情が豊かなふりをして周囲の空気を作っていたからな。素のままの表情が出るようになったのは最近だろう」


 そう言われてみれば思い当たる節もある。

 ずっと不特定多数の人と接してお話を聞き出さなければならないお仕事をしているし、学園でも第一王子の側近候補ということでいつ足元をすくわれるかわからない立場で、本当に気を抜けるのはそれこそ連隊本部の寮の自室にいる時くらいだった。


 今では気を許した友人たちの前ではかなり素のまま振舞う事ができるようになって、かなり生きるのが楽になって来た気がする。

 それもこれも見守って下さる上官や支えてくれる友人たちのおかげだ。


「そう言えばそうかも。ずっと気を張らなきゃって思っていたのが、今では僕は僕のままで良いって思えるようになってきたから……いつも本当にありがとう」


「ん? どういたしまして」


 コニーはふっと目元を緩めると、くるりと踵を返した。


「さあ、買うものが決まっているならさっさと会計を済ませるぞ。帰りにバザーで何か食って帰ろう」


「うん!! 僕、今日は串焼き食べたい!!」


 気を許せる人がいるという、ただそれだけで世界が柔らかく鮮やかに彩られた気がする。

 僕はこみ上げてくる温かな幸せを胸に、足早にカウンターに向かう彼の後を追った。

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