幕間その1

死に戻り騎士の葬儀風景

※番外編第一弾はヴィゴーレ君の葬儀の話です。

表向きは死亡したままになっているので、形だけでもお葬式しないと。


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 その葬儀は若くして殉職した騎士のものだった。

 十三歳で正騎士叙任を受け士爵授爵。将来を嘱望されていた十八歳の若者の死は人々の涙を誘うものだった。


 王太子クセルクセスやその側近候補たちの毒殺未遂事件が起きたのはつい数日前のこと。

 故人はその事件の捜査中に犯人と遭遇して殉職した。

 明るく気さくな人柄の彼は男女問わず人気があったようで、会場のそこかしこには学園の制服姿の少年少女がすすり泣いては故人を偲んでいる。

……はずなのだが。


 葬儀会場の片隅で、四人の男女が悲しみにくれる人々をはるか東方の天涯山に棲むという伝説の珍獣スナギツネのように微妙な表情で見やっていた。


「……なんというか……茶番?」


「……いやまぁ、機密だからな、真相は」


「……それにしても誰も気づかないものなんでしょうか……」


「……まさか弔われてるはずの本人が会場の正面入り口で警備してるとは……」


 友人四人は会場入り口でにこやかに警備に立っている本人の顔を思い出して、深々とため息をついた。


「……こういう時って、どんな顔をすれば良いのかわかりませんわ……」


「笑えばいいんじゃないかな?」


 いきなり背後から場違いなまでに朗らかな声が聞こえて四人はビクっとなる。

 「み~た~な~」と言わんばかりに四人揃って目をカッっと見開いて振り向けば見慣れた顔が能天気に笑っていた。


 ヴィゴーレ・ポテスタース士爵。この葬儀の主役?である。

 彼は事件の解決にあたって潜入捜査中に死亡したのは事実だが……色々と人外のモノが出てきてよく訳の分からないうちに生き返った。

 ただ、事件の処理にあたって警備上の責任をとる必要があり、表向きは死んだままという事になっている。


「いくらなんでも笑うのは不謹慎だろうが。一応、葬儀なんだぞ」


 反射的にヴィゴーレの後ろ頭をはたくコノシェンツァ。


「いや~、自分の葬儀ってそれこそどんな顔して参列すりゃいいんだか見当がつかなくて。それにしても、ウィッグで髪の色変えただけなのに、ここまで気付かれないとは。

 僕ってそんなに影うすかった?」


 トレードマークの燃えるような腰まである赤毛を黒髪短髪のウィッグで隠し、濃紺と黒を基調に金糸と銀糸の刺繍をあしらった騎士の正装に身を包んだ彼は、見なれたライトグレーの学園制服姿と比較して、たしかに別人のようにも見える。

 もっとも、零れ落ちそうに大きな琥珀色の円い瞳は隠しようがないのだが。


「何人か『ご親戚ですか?』って声かけてくれたんだけど……まさか本人ですって言えないしな~。

 自分の葬儀の警備命じるとか、上の人もナニ考えてるんだか……バレたらどうすんだろ?」


 とほほ、と擬音が聞こえてきそうな表情でぼやく。


「お前の場合、髪色が目立つからな。それを変えるだけでかなり印象が変わるだろう。それに、葬儀の席に本人が紛れ込んでるなんて普通は思わないし」


「なんというかまぁ、一応けじめというだけだからな、この葬儀」


 家族も本人の生存を知っているわけで……なんとも微妙な表情を隠すように俯いて弔問を受けている。

 父親のポテスタース伯爵に至っては例の事件の前日の方が死にそうな顔をしていた気がする。

 おそらくどんな顔をして良いのか困った末なのだろう、苦虫を噛み潰したような表情で弔問客の応対をする伯爵を見て、息子の死亡を伝えた時に思い切りぶん殴られたのは内緒にしておこう、とパラクセノス男爵は心に決めた。


「そう言えば棺に何入れたんだ?遺体は消えてしまったよな?」


 ふと気になった男爵はどうでもいい疑問を口にする。


「二十センチ近く髪切られちゃったんですよ~。そりゃ騎士は頸部の保護の他に遺体が持ち帰れない状況のために髪伸ばしてるわけですけど。

 普通に伸ばすならまた同じ長さにするまで三年かかる……」


 情けない顔をするヴィゴーレ。事情を知っている者にとってはこの葬儀は茶番でしかないわけで。


「あ、棺に花入れるみたいだぞ。お前も行くか?」


「いやさすがにやめとく。バレたら怖いし」


 それはそうか、と四人は彼から離れて棺の前の列に並ぶ。

 献花の様子をやや寂し気な表情で見やったヴィゴーレは、ふと自分を凝視する女生徒の存在に気付いた。


「……何かございましたか、レディ?」


「ドゥ子爵家のジェーンですわ、サー。ポテスタース卿のご親戚ですか?」


「ええまぁ、そんなところです」


「このたびはお悔やみ申し上げます。……その……」


「どうしました?」


 言いにくそうに口ごもるジェーンにヴィゴーレが柔らかく問いかける。

 ジェーンはなんとも珍妙な表情でしばし沈黙していたが、ついに思い切った様子で口を開いた。


「その……いろいろと事情はおありだと思いますが。いつか、アハシュロス公女のところには手紙の一つでも出してくださいね。

 全部お話ししなくても結構ですから、元気だということだけでも」


 早口でそれだけ言うと、ジェーンは足早に立ち去った。


「……なんだ、やっぱりバレてるよ……」


 拍子抜けしたように独り言ちたヴィゴーレは、それでも少しだけ嬉しそうに持ち場に戻って行った。


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 一応、表向き死んだままって事になってるので葬儀はしなきゃいけないわけですが……

本人や事情を知ってる人にとってはギャグにしかならんだろうな~と思って書きました。

最後までお付き合いいただきありがとうございました<(_ _)>

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