《最終話》ピンク頭の彼女が去った今、乙女ゲームは終了です。

 それから先はすごい騒ぎだった。

 先生たちから解放された後はもう、誰が誰やらわからないくらいにもみくちゃにされ、抱きしめられ、あちこちぺたぺたされた触られたり。

 何が何だかうやむやのまま、気が付くと首吊りゾンビ女神イシュタムもいなくなっていて、みんな疲労困憊ひろうこんぱいしたあたりで自然に解散となった。


 帰り際、アミィ嬢とピオーネ嬢もそこはかとなくボロボロになりながらも嬉しそうにしていた。

 ……いつの間にか二人とも混ざってたのか。あまりにもみくちゃになってて気が付かなかった。


 連隊本部に帰投すると、僕の顔を一目見るなり小隊長が力任せに抱きしめてきた。


「……よく、帰ってきてくれた……温かい……お前、生き返ったんだな……」


 小隊長……いや、アーベリッシュ師の涙声なんて初めて聞いた気がする。

 やはり小隊長も僕がいったん死亡したことを知っていて、もう二度と帰ってこないものと覚悟していたらしい。

 業務時間が終わって二人きりになった後、「帰って来た時には夢かと思った」と泣かれてしまった。


 エサドを急に南に行かせたのも、この五年あまり家族同然に暮らして来た彼を誤魔化すことができないと思ったから。

 僕の不調に気付いていた彼はだいぶ渋っていたらしいけど、タシトゥルヌ領のエルダ帰属派が良からぬ動きをするのはいつものことなので、一日も早く組織を洗い出して戻ってくると言っていたそうだ。


 結局、ポテスタース伯爵家の三男の「ヴィゴーレ・ポテスタース士爵」は一連の騒動の真相究明にあたる任務の過程で死亡した事になった。

 したがって、クセルクス殿下の側近であった「ヴィゴーレ・ポテスタース」の失態は彼の死をもって不問とされる事となり、ポテスタース伯爵家とも僕自身とも無関係という扱いになった。


 今後の僕の扱いとしては、とりあえず平民の一騎士の「ヴィゴーレ准尉」として生きて行く事になるらしい。

 それでも父上は涙を流して喜んでくれて、たまには屋敷に顔を出すようにと言ってくれた。


「心臓の動く音というのは良いものだな」


 帰り際にもう一度僕を抱きしめてくれた父上がぽつりと言ったのが印象的だった。次兄も無言で僕の頭をひとしきり撫でてから帰ったのが少しだけ意外。

 疎まれているとは思っていなかったけど、どちらかと言えばいないものだと思われてるつもりだったから。

 十歳で家を出てから疎遠になってしまっていたけど、それなりに家族には愛されていたらしい。


 所属は今の警邏けいら隊のまま。同じ部隊で同じ業務に就けば良いので、実質的には今までと変わらない生活が続くだろう。


 パラクセノス先生は、一連の騒動の責任を感じて辞任を申し出た。

 しかし、いったん死んだはずの者がそのまま数日間動き回っていた上、肉体が完全に消滅して全く別の肉体で生き返るというとんでもない事態に、監視するものが必要だという「上」の判断で、魔術師団に残ることとなった。

 人間として生きる上で支障がないか検査してもらうために定期的にお会いしているのだけれども、そのたびに僕の身体をぺたぺた触りまくっては脈があるのを確認して泣かれるのには閉口する。

 もっとも、僕が死体だった間、それだけ辛い想いをさせたのだと思うと、何だか申し訳ないのだけれども。


 先生は女神たちの伝承からその力と歴史への干渉を研究し、またこのような事態がおきないよう対策を練るつもりらしい。

 先生を残留させる判断をした「上」こと魔術師団長ともども、研究の成功を祈るばかりである。


 騎士科のカリキュラムがおかしくなっていたことについて警邏けいらから調査が入る事になった際、なぜか騎士科の教諭が何人か行方不明になっていた。

 結局、誰の指図で学生たちにおかしな教育を施していたのか不明のままだが、虹色女神イシュチェルが自ら介入したと言っていたということは、人間が真相を知る事は難しいかもしれない。

 騎士科の寮の浴室に天人朝顔から抽出されたオイルがたびたび使用されていたこともわかって、卒業生や在校生は当面の間詳細なメディカルチェックを定期的に受けることになったそうだ。


 またあの虹色性悪女神イシュチェルが悪戯を始めたら、僕がゾンビ女神イシュタムにこき使われる事になるのは目に見えている。……もう二度とあんな目に遭いたくないので、先生方には頑張ってほしい。


 コニーはエステルに篭絡ろうらくされたというよりは、篭絡ろうらくされた人々にいろいろな仕事や後始末を押し付けられていたようなものなので、クセルクス殿下の失脚に伴う綱紀粛正でも取り立てて大きく処罰されることはなかった。

 廃太子されるまで、クセルクセス殿下は地位をかさに着て身勝手な要望を無理やり通してばかりだったので、法律を学んで一部の権力者が好き勝手出来ないように歯止めをかけられるような仕組みを作りたいと言っていた。

 卒業後は文官登用試験に合格して法務補佐官として働き始めた。このまま法務官として実務経験を積みつつ、そのうち海外の大学に留学して本格的に法学を修めたいそうだ。


 ピオーネ嬢も学園卒業後に文官登用試験を受けた。

 実家の新聞社で記者を目指すのかと思っていたのでとても意外だったのだが、「広報官として経験をつむことで、情報の信憑性しんぴょうせいを自分で見極められるようになりたい」という話を聞いて納得した。民間レベルの情報に振り回されるのではなく、まずは公的なデータの読み方を覚えて調査の基本を学びたいのだとか。

 いつか目先の事象にとらわれず、物事の本質を見極めて誰にでもわかりやすい記事にできる記者になりたいそうだ。

 人は好いが芯はしっかり通った彼女のことだ。一つ一つ実績を重ね、根気よく勉強していつか立派な記者になってくれると信じている。


 そしてアミィ嬢はめでたくクセルクス殿下から解放され、侯爵家を継ぐべく猛勉強中だ。聡明で忍耐強い彼女なら、きっと様々な困難を乗り越えて、素晴らしい領主となってくれるだろう。

 クセルクセス殿下との確執がもとで戦争が起きかけてしまった反省をふまえ、外務官僚の卵となったジェーン嬢とともに地政学の勉強にも余念がないらしい。

 たまの休みにはピオーネ嬢やジェーン嬢、コニーと一緒に遊びに行くことも増え、友人としての交流はずっと続いていきそうだ。


 クセルクセス殿下、アルティスト・アハシュロス公子、アッファーリ・コンタビリタ侯爵令息は辺境伯のもと、まずは身体に蓄積した毒を抜くために食餌しょくじ療法を受けながら規則正しい生活を送るよう指導を受けている。

 彼らの回復に合わせて徐々に高位貴族としての最低限の心得や教養などを仕込み直すそうだ。


 正直、治療を受けながら学園できちんと学ばなかったものを再教育してもらっているだけなので、処分というよりは手厚くケアされているようにしか見えない。

 もっとも、殿下は「自分は被害者なのに不当に重い罰を与えられている」と主張しているらしく、立ち直るまでにはまだまだ時間がかかりそうだ。


 アッファーリとアルティストは文句を言いながらも少しずつ訓練にも参加して、与えられた課題もこなしているらしい。

 案外、二人だけ王都に呼び戻されて、殿下はそのまま王族籍を抜かれることになるのかもしれない。 


 僕たちの人生はまだ始まったばかりだ。

 守られた箱庭でのつかの間の自由に酔って、芝居のような夢物語にうつつを抜かし現実では生きていけなくなったクセルクセス殿下。

 彼らが一日も早く自分らしい人生を見いだせることを願ってやまない。


 そして僕たちは目の前の現実をしっかり見つめて、たとえゆっくりでも一歩一歩着実に、足元の地面を踏みしめて前に進んで行かねばと思っている。



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※これにて本編完結となります。

最後までお付き合いありがとうございました。

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