ピンク頭と平凡な人生

「わたくしは世界そのものですから。人間の魔術では決して作れない『魂の入っていない生きた肉体』だって錬成することなど造作もないのです」


 首吊りゾンビ女神の言葉とともに光の粒と化した僕の肉体は、空気に溶け込むように全て消えてしまった。


 そして一呼吸おいて、その場にすさまじい光の爆発が起きる。生きた肉体を持つ人々は、とてもじゃないが目をあけていられないだろう。


 どのくらい時間が経っただろう。

 光がおさまった後、僕は生前と寸分変わりない肉体でそこにいた。

 自分でもすぐには信じられなくて、ゆっくりと手を握ったり開いたりしてみるけれど、何の違和感もなく問題なく動くようだ。髪や服も元通り。


「うわ、ほんとに生きてる」


 思わず呟くと、後ろからコニーにそっと抱き寄せられた。


「良かった……温かい……」


 おずおずと抱きしめてくる腕にもささやくような声にも安堵がこもっていて、どれだけ心配をかけてしまっていたか痛感する。


「ごめんね、ちょっと無茶しすぎた」


「まったく……肝が冷えたぞ。一人で突っ走るな」


 そこにパラクセノス先生が飛んできた。

 僕をコニーから引っ剥がすと、そのままぺたぺたと全身触りまくって、首や手首の脈をとって……挙句に力任せにぎゅうぎゅう抱きしめられた。


「せ……先生ぐるじい……息また停まる……」


「生きてる……生きてるぞコイツ!!ちゃんと心臓動いてやがる!!さんざん心配かけやがって!!この野郎!!」


 ……この人が泣くことってあるんだ。

 いっつも仏頂面で、何を見ても聞いても冷静だから、この人がこんな風に泣くことがあるなんて思ってもみなかった。


 なんだよ、師団長まで泣いているじゃないか。いい年齢したオッサンが泣いてもかわいくないぞ。

 二人がかりでぎゅうぎゅう抱きしめられて、正直むさくるしいし息も苦しかったけど、きっとそれだけ二人には悲しい思いをさせていたんだろう。

 そう思うと申し訳ない気持ちでいっぱいで、しばらくおとなしくされるがままになっていた。


 また息停まると思ったけどね!!

 あと、抱きしめられるならアミィ嬢かピオーネ嬢の方が絶対良かった!!


「ちゃんと普通の生きた人間と同じものにしましたからね。ご飯を食べて成長もするし、〇〇〇だってできちゃいますよ。なんと老化だってしちゃうんです!五十年もすれば綺麗にハゲますよ!!ぴっかぴかですよ!!」


 素晴らしい笑顔でなんかさっぱり訳のわからないところで得意満面になってる首吊りゾンビ女神イシュタム。やっぱり感覚が人間の理解の斜め上。


 というか、いい加減にこの臭い何とかしてほしい。あと、首を傾げるたびに片目がこぼれ落ちそう(物理)になるのも勘弁してくれ。

 何回見ても怖いものは怖い。僕、このヒト(?)の眷属としてちゃんとやっていけるんだろうか……??


 だいたい、こだわるポイントがよくわからない。

 歳取るとハゲるって、そこ自慢するとこなの??


 いっそハゲ始めたら綺麗に剃っていいツヤが出るように磨くべきだろうか?

 卵の白身でパックとかするとお月様みたいにツヤツヤになると聞いたことがある。本音を言うとふさふさの白髪が希望なんだけど。


 いや生き返っただけでもものすごい奇跡なんだから、贅沢言ったら罰があたるのはよくわかってるんだけどね。

 あと成長するのは地味に嬉しい。あとちょっとくらい背が伸びないかな?


「耐用年数が来たら壊れちゃいますから、そしたら赤ちゃんから作り直す羽目になりますけど、ちゃんと記憶をリセットして普通に転生したただの人間のように見せかけられますから」


 ……よくわからないけど、基本的にはごくごく普通の人間と変わらないらしい。

 死んだら記憶もリセットされて赤ちゃんからやり直し。

 ただ、神様がらみの騒動に巻き込まれた時だけ、僕を起点にイシュタムの力の一部がこの世界に顕現する。それだけが「ただの人間」とは違うところ。


 そのほかは、ごく普通の人間として生きて、死んで、また赤ちゃんとして生まれて……を繰り返す。

 平凡な人生の繰り返し。

 特別に与えられた知識も力もなく、ただの凡人として精一杯生きていくだけの人生。


 それは、一度は人生を諦めて死を覚悟した僕にとって、もったいないくらいの奇跡の贈り物だった。

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