ピンク頭と首吊りゾンビ
「あらあらあら、まぁまぁ。イシュチェルちゃんったら相変わらず腐っているのね~」
いきなり暗転した世界に響いたのんびりおっとり可愛らしい声は、おそらく嫌味のつもりなど全くないのだろう。
真っ黒な空に浮かぶやたらとでっかい琥珀色の満月が急速に欠けていき、それが猫の爪よりも細くなって完全に影に隠れると、月は闇に包まれる代わりに真紅に染まった。
そこから垂れさがるぶっといロープと、その先でぷらぷらとミノムシのように揺れている腐乱死体。
ソレの発した悪気のない言葉はどうやら相手の逆鱗に触れるものだったようで。
「アンタにだけは言われたくないわよ!!」
創世の女神と呼ぶのもおこがましい虹色のアレは目を怒らせて怒鳴り散らした。
そりゃまぁ、腐り果てて(物理)あちこち液状化してる人? に腐ってるなんて言われたら誰だってショックを受けますね。
うっわ、青筋浮きまくってて、せっかくのキラキラした可憐な美貌が台無しだ。
「というか、イシュタムどうしてここに!? アンタが身動きしたらこの世界の連中はタダじゃ済まないわよ!?」
「え? なんで?」
なんかまた物騒な事言いませんでしたか?
「あたしがこの世界を作ってやったのよ。ソイツの死体を使ってね。
だからソイツはこの世界そのものってワケ。好き勝手動かれたら住んでる連中はどうなっちゃうかしら」
……まさかここって腐乱死体の上なの!? まさか僕達って腐乱死体に住んでる蛆虫みたいなもんだったり??
……こんな真実知りたくなかった。嗚呼これが大人の階段ってヤツなのか? たぶん違うけど。
衝撃的な事実にショックを受ける僕たちを見て底意地悪そうにニヤリと笑う
いつの間にか月から降りてきて僕たちのそばに座り込み、クロードさんからごく自然に僕の身体を受け取った。うわぁ、臭いがスゴイ。
「ご心配なく。わたくし、眷属のこの子を核に、力のごく一部が顕現してるだけですから。わたくし本体は微動だにしておりませんわ~」
そのまま僕の頭を膝に乗せたまま、お気楽そうにぽやぽやと笑いながら、鈴を振るような美声でとんでもないことを宣った。
いやあの、僕はこの腐乱死体の眷属なんてものになった覚えはないんですが? 何だか猛烈に嫌な予感がする。
「ああ、そういう訳ね。なるほど、しくじったわ。全っ然気付かなかった。そりゃ、操ろうとしても無駄なわけね」
憎々しげに吐き捨てる虹色女神は何やら勝手に納得した様子だ。蔑みと憐みのようなものがこもった視線を僕に送って独り
……ごめんなさい。さっぱり状況がわからないのですが。
「まったくもう、イシュチェルちゃんったら。犠牲が欲しいならこんな手の込んだことやって、人間が自分から破滅するのを見物しなくても、洪水の一つや二つ起こせばすむことでしょう? この子たちからしたら、人生は短くてしかも一回きりなんですよ? むやみやたらと弄んじゃ、めっ! ですよ」
こてん、と小首を傾げる仕草は可愛らしいが、そのたびに腐汁が垂れてすごい臭いだし、大きな瞳が物理的に
ホラーな外見とふわふわな笑顔で宣うセリフはそこはかとなく物騒だ。
首に巻かれたぶっといロープがうねうねと動いてまるで大蛇のよう。
見た目だけなら紛うことなき邪神である。
「ああもう、おっきな災害起こしたくてもアンタの身体の中じゃ大したことができないのわかってて言ってるでしょ!? お陰で力がほとんど使えなくてほんっとに迷惑……っ」
前言撤回。ここは腐乱死体の上じゃなくてお腹の中だったらしい……ますます知りたくなかったよ。
「だいたい、人間がさかしらぶって他人を陥れたつもりで周囲を巻き込みながら自滅していくから面白いんじゃない。
調子に乗って散々好き勝手やってた奴が自業自得で転落していく、その落差が生み出す因業と因縁が世界の歪みとなって、あたしの力になるのよ。ただ単にたくさん死ねばいいってもんじゃないの」
「因業ならイシュチェルちゃん自身が相当溜め込んでるんじゃないかしら? だいたい、わたくしがおとなしく世界の器をやってあげてるんだから、ただ維持するだけならこんな『 おいた』はいりませんよね? ただ人間が苦しんでるの見て楽しみたいだけでしょ。それとも、ま~た
えっと、つまり虹色女神はこの首吊りゾンビの死体を使ってこの世界を作ったけど、それを維持するために力を使ってしまったから大したことができなくなってるという事なのかな?
それで、他の世界に干渉するための力を得たくて、人間を破滅させて因業と因縁のパワーを集めようとした、ということかな?
「っさいわ!! 認めるわ、今回はあたしの負け。色々ナメてかかってた。
うっかりソイツを死なせちゃった時点で詰んでたのよね。 全っ然気づかなかったわよっ。
今回はこれで引き下がる。最近飽きちゃったから新しいオモチャを持ってきたけど、誰も破滅させられなかったし手に入った
そいつもあたしの
頭を掻きむしりながら言い終わるや否や、ぱっと虹色の輝きだけを残して
「あらあらあら……イシュチェルちゃんったら、引き際だけはお見事ですこと」
かしましい女神の姿が消えると真っ黒だったドローイングルームは元の姿を取り戻し、少しだけ静かになる。
「あんなのが創世の女神だなんて……」
「いや、もう片方もろくなもんじゃないぞ」
ぼそりと言ったのは誰だろう?
「……そんな事より処分の続きだが……」
頑張って気を取り直して話を元に戻そうとするマリウス殿下。さすがは仕事の鬼。できればコニーと先生は処分を軽くしてもらって、これからも国を支えるために頑張ってほしいな。
「そうだソイツに全責任を取らせろ! エステルという得難い伴侶と共に誰も成し遂げたことのない偉業を重ね、古今稀に見る名君と称えられるはずの私の輝かしい未来を壊しおって、この裏切り者!! 何が毒だ横領だ。お前だって最初のうちは一緒になって鼻の下伸ばしていたくせに!!」
マリウス殿下の言葉を遮って、僕を指さしヒステリックに喚くクセルクセス殿下の声が響き渡る。
「処刑だ、斬首だ!! ソイツの首をはねて晒し、お前らに殺されたエステルに捧げるのだ!!」
いやエステルは女神に頭から丸呑みされただけで、僕たち殺してない。生きてるともとても思えないけど。いずれにせよ逆恨みもいいところだが、僕自身も処刑を免れ得るとは思っていない。
愚かで身勝手な怠け者だが、それでもクセルクセス殿下はこの国の王族で王太子だ。そんな彼が道を誤っているのに、側近候補の僕は彼を諫めるどころか一緒にエステルに篭絡されてしまった。
しかも、危険な薬物を使われていたのに殿下が口にするのを阻むどころか、自身も薬漬けになっていたのだ。護衛としても側近としても失格だ。
そう答えようとして何とか起き上がろうとしたところ、まだ僕の頭を膝に乗せたままだったゾンビ女神がふわふわ笑顔で宣ったとある台詞に、その場の空気がぴしりと凍った。
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