ピンク頭と虹色女神
「あ~もうあんたクビよクビ!! ぜんっぜん使えないんだから……!!」
唐突に現れたソレは美しい女性の姿をしていた。
ふわふわした綿菓子のような髪は小さな虹をちりばめたかのように煌めき、零れ落ちそうに大きな垂れ目は最高級のダイヤモンドのように様々な色彩の輝きを宿す。
見た目だけは最高に可憐で美しいが、アレは間違いなく人間ではない。
「クビってどういう事よ!?」
「当然でしょ。ちゃ~んとシナリオ書いて、これだけお膳立てして必要になるアイテムも用意してあげて。騎士科のカリキュラムに細工して問答無用であんたに味方するように暗示をかけておいて。
そこまでしてやったのに、それでも逆ハーどころか攻略対象者たちに疑われて監視されて化けの皮はがされて。攻略失敗どころの騒ぎじゃないじゃない」
呆然と問うエステルに、キラキラした女の顔をした何かは
「う……うっさいわ!!あたしだって血の滲むような努力をして攻略したわよ!!
頑張ってお金集めてアイテム揃えたり、コイツらのクッソつまんない話をいちいち感心したふりして聞いてやって、喜びそうな事言ってやって。
なのにコイツのせいで全部台無しっ!!」
「どこが血の滲むような努力よ? お金は攻略対象者やお助けキャラがくれた小物やアクセサリーを売っただけ。話だってただぼーっと聞くふりして、適当に
ステータス上げるために必死で勉強したり鍛錬したり、そういう努力を一切しないで『血の滲むような努力』とか言われても笑えるだけなんだけど?」
うん、僕も今の話を聞いて「血の滲むような努力」とはとても思えない。
「っさいわっ!! ステータスなんて確認できないんだから気にする訳ないでしょ!? 上げる必要があるなら最初っから言いなさいよっ!!」
「普通上げるでしょ少しは。最初っから課金アイテム頼りとかあり得ないっ! さんざん警告したはずよ? 課金アイテムを使いすぎるな、地道な攻略もやりなさいって」
「はあ!? うまくいかないのはどれもこれもシナリオ通りに動かないNPCのせいよっ!! だいたい、攻略失敗って全然ダメだったのコイツだけじゃない。メインのセルセとアルティ、アッファーリはちゃんと攻略できてるっ!!」
なんだかよくわからない単語がずらずらと並んでいるが、これも「ゲーム」にまつわるものだろうか?
「攻略できてないのは脳筋クンだけじゃなくてそこの陰険眼鏡と魔道具オタクもでしょ?お助けキャラにまで見放されてるし。まともに攻略できてるのって王太子だけじゃない。本人が破滅するのは勝手だけど、全然誰も巻き込めてないんじゃ、ゲームさせてやった意味がない!!」
「いや、充分みんな巻き込まれてる気が……というかさんざんな呼び方なんですが……」
あまりの言い分に思わず突っ込んでから強烈な違和感。
あれ?何でこの状態で僕しゃべれてるの?
僕を抱きかかえたままのクロードさんも目がまん丸になってる。
近寄りがたいほど綺麗な人だけど、こんな表情してるとちょっと可愛いかも。
「ナニ言ってんのよ。男どもは田舎でちょっと数年鍛え直してもらうだけだし、肝心のこの子も修道院行くだけってぬるすぎでしょ。悪役令嬢だって破滅どころか全く被害がないし。挙句の果てに手に入った
……今、ものすごく物騒な単語が聞こえませんでしたか?
その『生贄』ってもしかしなくても僕のことですね?
「こんなんじゃ全然物足りない!! やっぱ
凡庸すぎるのよボンヨー。せっかく調子に乗ってる連中が惨めに転落して破滅していくとこを眺めて、因業や因縁、そして無限に連鎖して膨張する悪意をたっぷりいただく筈だったのに。
これじゃ、『ゲーム』をお膳立てするために使った力と手に入る力の割が合わない……っ!!」
「な……なによガキって……頭悪すぎッて……」
確かにエステルはものすごく幼くて頭も悪いけど、そこにつけこんで利用していた人の言う事じゃない。
「もういい、あんたは用済み。もうクビ。今回なにも回収できなかった分の責任取ってあんたがまず贄になりなさい」
「に……にえ……??」
「そう。せっかく特別にヒロインに選んであげたのに、成果を出せずに終わった役立たずには、さんざんゲームを楽しんだ代償をいただかなくっちゃ」
「そんな……あたしが役立たずなんて……」
「役立たずでしょ。何一つ役目を果たせなかったんだから。腐った根性以外に何の取り柄もないくせに調子に乗ってる頭の悪い役立たずのガキ、それがあんた」
腐った根性って取り柄じゃないような気がひしひしとするんですが。
「ひどい……ひどすぎる……あたしは誰よりもかわいくて誰よりも愛されて……助けてクロード!!」
「何で僕?」
我が身が危ないとようやく理解したエステルが縋るような声でクロードさんに助けを求めるが、彼は心の底から嫌そうだ。
ちなみに僕はまだ彼に抱えられたままだ。
「だってあんたはあたしを最っ高に幸せにするための存在でしょ!? そんなヤツほっといて早く助けなさいよ!!」
「何をどうしたらそんな勘違いできるのかな? 僕のパートナーはずっと昔からエリィただ一人だよ。今日君をエスコートしたのはそこの女神に無理やり押し付けられたからにすぎない。君ごときのせいでエリィと暮らせなくなるのはまっぴらだからね」
あ、マリウス殿下とマッテオ様も頷いてる。周知の仲なんだ。
そんな風に人前で堂々と言い切れる人がいるのって、ちょっと羨ましい。
「女神に押し付けられたって……」
「あれ、気付いてなかったの? 君がさんざんババア呼ばわりしていた月虹亭の主人が
「そんな……」
何だかよくわからない事でもめているけど、クロードさんはどうやら恋人のことで女神になにか弱みを握られているらしい。
「はいはい、夢を見るのはそこまで。あんたはお馬鹿で根性腐ってて、悪意の塊だからあたしに選ばれたの。その底なしの悪意で破滅させた連中をあたしの
そう言い終わるや否や、虹色に輝くその女性(?)が小さな桜色の唇を開き、なぜかエステルがそのままにゅるりと引き伸ばされ押しつぶされて口の中に吸い込まれていき……跡形もなく消えてしまった。
あまりに呆気ない最期にみんな言葉も出ない。
あれだけ自分は特別だと大騒ぎしていたのに、なすすべもなく一瞬で消えた。まるで最初から存在しなかったかのように。
自分のためだけに世界があると言っていた彼女が、
明らかに人外の、人間がどうこうする事のできない圧倒的存在を前に、誰一人まともに反応できずにいる。
絶句している人々を見回し、虹色の女神(?)は実に得意げに言い放った。
「あたしは創世神イシュチェル。あんたたち人間はあたしのお情けでこの世界に存在を許されているの。そこの脳筋坊やにはさんざん引っ掻き回してもらったお礼にここで暴れて国の重鎮を皆殺しにしてもらうつもりだったんだけど、効かなかったようね」
ああ、さっきエステルに刺された変な短剣もどきはそのためのアイテムだったのか。それで魔力が僕の頭に向かっていたんだね。
「この間は操れないなら脳を焼き切ろうとしたのに抵抗されたし……しぶとさだけはゴキブリ並ね。さて、このままくたばってから魂をいただいてもいいけど、それじゃあたしの腹の虫がおさまらない。どうやって料理してあげましょうか」
なんだかとんでもない存在にとんでもない事言われてるんですが……もしかしなくても僕、大ピンチ?
もう訳がわからないながらも最後まで抵抗だけはしようと心に決めたその時。
……ぞんっっ……
白っぽい空間がいきなり暗転し、緊迫した場にそぐわない能天気な声がその場に響いたのだった。
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