ピンク頭と元気な死体

「あらあら、それは無理というものですわ~」


 のんびり、ふわふわ。

 そんな形容がぴったりのおっとりとした可愛らしい声が殺伐とした空気が漂うドローイングルームに響く。


「今のこの子はわたくしの眷属、死人であって人間ではございません。ですから、この国の人間を裁く法で、この子を裁くことは出来ません。だいたい、死体をどうやって処刑するおつもりですの?」


 ぴしり。

 にこやかに言い放たれた首吊り女神イシュタムの言葉に、この場の空気が凍りつく。

 そう言えばさっき虹色のアレイシュチェルが言っていた。「ソイツをうっかり殺した」と。


 どうやら、僕はとっくに死んでいたらしい。

 色々考えて、処刑は免れ得ないなって自分を納得させて、なんとか死ぬ覚悟はできてるつもりだったけど……さすがに「お前はもう死んでいる」って言われるとは思ってもみなかった。


「し……死人……!?」


 ひぃっ……と息を飲みながら、情けない声を上げて後退りするクセルクス殿下。


「そんな……嘘でしょう……」


 大きな瞳にいっぱい涙をためてふるふると首を振るアミィ嬢。ピオーネ嬢は呆然としたままぺたりとその場で尻もちをついた。

 コニーは変に納得してる。


「どうりで最近冷たいと思った。妙に元気がないし」


「さっき『冷たい』って言ってたのってそういう意味!? 物理的な話!?

 いや、むしろ普通の人間並みに動き回ってるんだから、死体にしてはかなり元気な方だよね!?」


「確かに死体にしては元気だけど、そういう問題??」


 至極冷静にズレたことを言うコニーに思わずがばりと起きて突っ込むと、クロードさんが何とも言えない表情でこめかみを押さえながらぼやいた。

 ちなみに彼は腐乱死体イシュタムの臭いがキツかったのか、いつの間にか僕から離れてマリウス殿下のお傍に戻っている。


 ちなみにクセルクセス殿下は腰を抜かしてひぃひぃ言ってる。うん、予想通り。


 逆に国王陛下や父上をはじめ、数人の大人たちは全く動じていない。僕と目が合いそうになると慌てて視線をそらすあたり、どうやら事前に知っていたらしい。

 ここ数日というもの、おっさん達にやたらめったら触られると思ってたんだけど、そういう事だったのか。


 だったら本人にも知らせてくれよ、と思うが、よく考えたら無理だよな。

 「お前はもう死んでいる」なんて言って、素直に信じる奴がどこにいる?


 周囲を見回した首吊りゾンビイシュタムは、困り顔で首を傾げた。


「あらららら……まさかご存じなかったんでしょうか? こまめに浄化魔法と保存魔法をかけているみたいだから、てっきり皆さんご存じだとばかり……」


 オロオロする腐乱死体ゾンビ女神

 頼むからあちこちうろうろしないでくれ。猛烈に臭いし腐汁が飛び散る。後で掃除する人が大変そうだ。

 というか、頼むから首かしげないでくれ。本当に目がこぼれ落ちたら阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄絵図になりそうだ。


「いやぁ、ぜんっぜん気付いてなかったなぁ……よく考えれば当たり前のことだったのに、うっかりしてました」


 ついつい頭をかきながら苦笑する。

 アルティストを送り届けたあの日から、やけに身体が重かったし、よく考えると食事もとっていない。


  さっき虹色女神イシュチェルは「操れないなら脳を焼き切ろうとした」と言っていた。あの時、彼女の洗脳に最後まで抗った僕は、その代償として限界を超える負荷を脳に受けて死んだのだ。

 そして、いまわの際に「この世界そのもの」に対して「こいつの企みを阻止する力をくれ」と強く願い、無意識のうちに自らの生命と魂を生贄に捧げた。


 だから「この世界そのもの」である首吊腐乱死体イシュタムは僕の祈りに応えて顕現し、虹色性悪女神イシュチェルの悪巧みを阻止したのだ。

 つまり、僕は既に生贄として捧げられた守護されるべき「死者」だということ。


 後から聞いた話によると、魔術師団長とパラクセノス先生は僕の話を聞いた時にすぐ首吊りゾンビ女神イシュタムの古い古い伝承を思い出したそうだ。

 そして僕の心臓が既に動いていないことに気付いて既に死亡している事を悟ったのだそう。


 だから決着を急いだのだ。僕の身体が腐り始める前に全てを終わらせるために。

 たびたび僕を触ってきたのは、遺体を腐らせないよう保存魔法をかけるため。

 目を合わせなかったのは、まだ子供といっていい年齢の僕を一人で危険な任務に就かせて死なせてしまった上、死後も利用し続けている後ろめたさから。


 そして自分が死んでることに全く気付かず普通に生活している死人なんてものと、どう接したら良いものか見当がつかなかったから。


 衝撃的な事実を知って嘆き悲しむ人々を見て、僕はなんとも言えない居心地の悪さを感じていた。

 だってそうだろう?  今回の騒動を考えたら、殉職してなければ死罪は免れ得なかっただろう。いや、むしろ処刑したと見せかけて幽閉され、死ぬまで治癒魔法を行使するだけの道具にされていた可能性が高い。


 近衛騎士が正規の護衛についていたとはいえ、学園の中では自由に動けない。

 僕は単なる学生ではなく、現役の騎士として誰よりも近くでクセルクス殿下の警護にあたらなければならなかったのだ。

 家に迷惑が掛からなかったのは相当な幸運だったと思う。だから、他の人たちがこんなに悲しんで苦し気な顔をしていると、申し訳なくてたまらない。


「えっと……とりあえず状況は理解したから。みんなちょっと落ち着いてくれない? 死んだ本人が反応に困るから……」


 ものすごく気まずいのをごまかしながら、できるだけ軽い口調で言ってみる。


「だいたいさ、今回の件では僕はもともと死罪を覚悟してたから。普通に死んだだけで罪人にならずに済んだだけかなり幸運だと思うんだけど」


 そう言ってへらっと笑うと、アミィ嬢が涙と鼻水だらけで掴みかかってきた。


「何言ってるんですか!? 悪いのはあの根性悪女神でしょう!?相手は創世神でありこの世界の支配者なんです。人間風情が逆らえるわけなんかない。途中で気付いて支配から抜け出せただけで稀有けうな事なんです!!」


 そのまま僕の両肩を掴んでがっくんがっくん揺さぶってくる。うわぁ、アミィ嬢ってこんなに力強かったんだ。


「だいたい、貴方が気付いて下さらなかったら、わたくしはあの女神の退屈しのぎのために意味不明な冤罪で処刑されてました。ヴォーレ様はいろいろとやり遂げたつもりで満足でしょうが、遺されるわたくし達の気持ちも考えてくださいませ!!」


 いつものおっとりした姿とは別人のような凄まじい勢いで、磨き抜かれた美貌を涙と鼻水でぐちゃぐちゃに汚し、息もつかずにまくしたてるアミィ嬢に、僕は返す言葉がない。


「ごめんね。もうちょっとうまく立ち回れれば良かったんだけど……僕はほら、あんまり頭が良くないから」


 にへらっと笑って何とかごまかそうとしたけれど、かえって泣かれてしまった。


 勘弁してくれ。僕は生前ずっと剣と魔法の腕を磨くことばかりにうつつを抜かしてきたから、女性の扱いには慣れていないんだ。

 お願いだから誰か何とかしてくれ。

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