ピンク頭と脳筋襲来
先生から魔道具や護符を受け取って連隊本部に帰投すると、何やら来客がいると言われて驚いた。一体誰が何の用だろう?
僕が戻ってくるまで連隊本部のあちこちを見学しているらしく、どこにいるかわからないと言われて更に戸惑う羽目になった。
連隊本部を見て回っているという事は、騎士の仕事に興味のある誰かだろうか?
仕方がないので、とりあえず見学者がいても邪魔になりにくそうな訓練場に向かうと、なぜかラハム君が同僚に稽古をつけてもらっていた。
「カリトン、いったいどうしたの?」
点目になりながら、つい同僚に事情を訊くと、彼も困ったように肩をすくめるだけなので、どうやら彼も何も知らないらしい。
「いきなり押しかけてすまない。その……どうしても謝りたくて」
ついつい視界に入れないようにしていたラハム君が、大柄な身を縮めるように頭を下げて、ようやく謝罪に来たらしいと理解した。
「えっと……お昼とはすっかり様子が違うけど、いったいどうした風の吹き回しです?」
明日は忙しいから雨が降ると困るんだけど。困惑して首を傾げると、彼も困ったように苦笑した。
「たしかにいきなり態度が変わりすぎだよな。ダルマチア戦役の英雄だったなんて全然知らなくて。『鮮血の白薔薇』って言うんだろ? すごいよな」
どうやらコットス少尉が要らんことを吹き込んで下さりやがったらしい。今度お目にかかったらじっくりお話を伺わなくては。敬語がちょっと変なのはきっと気のせいだ。
「プロパガンダ上、勝ち戦だったように見せかけなきゃいけないから最年少で目立つ事をやった僕が変な形で祭り上げられちゃってるけど、所詮はただの人殺しだからね? 英雄って言われるのも不本意だし、その二つ名で呼ばれるのも嫌いなんだ。喧嘩を売る気がないなら、二度と僕の前で口にしないでくれない?」
笑顔はかろうじて崩さないようにしながらも、ついつい吐き捨てるような口調で一気に言うと、彼は驚いたように空色の目を瞬かせた。
「ごめん、気を悪くさせるなんて思わなくて。嫌だったらもう言わない。とにかく、ポテスタースが本当はすごい奴だって全然知らなくて。生意気なことばかり言ってすまなかった」
……反省するポイントが著しくずれている気がひしひしとするのだが、何だかどっと疲れてきて突っ込む気力が湧いてこない。
そう言えばここんとこずっと身体が変に重いんだよなあ……ここ数日は夜の巡回もないから睡眠時間も足りているはずなんだけど。
とは言え、このまま何も言わないって訳にもいかないよね。
「えっとさ、君は何について、なぜ謝りたいの? それがわからないとちょっと謝罪を受ける訳にはいかないんだけど」
「だから、ポテスタースの実力も知らずに生意気な事ばかり言ってたから。失礼だったなと思って」
「確かに失礼だけど、それって僕の武術が強いとか、武勲を立てているとか、それ以前の問題だよね? 騎士というのは軍人なんだから、きちんと軍の秩序は守らないと」
「それは……」
口ごもるラハム君。いちいち物理的にお灸を据えなきゃなにも言う事聞かないんじゃ、軍では使い物にならないよ。
「君は、自分よりも剣の腕が立つ人の話しか聞けないの? 前にも言ったよね? 騎士の……いや軍の本分は秩序の維持だって。僕たちは秩序の維持のために用意された暴力装置だ。いくら目的で手段を美化、正当化しても、その職務に暴力を含んでいる事は否定できない」
「暴力装置って……誇り高い騎士を何だと」
「誇り高い騎士でいるためには、誰に対しても礼節と品位を保ち、あくまで理性によって法と道理に従うものでなければならない。個人的な感情や好み、利害に従うのでは、そこらのチンピラと大差ないからね。使い方によってはものを破壊したり人を殺したりできる力を持つからこそ、厳に身を慎む必要があるんだ。そこをはき違えないでほしいな」
何やら強くてカッコいい『騎士』ってものに憧れてるのはわかるんだけど、だったら絶対に守らなければならない原則はわきまえておいてもらわなくちゃ。
彼の目を真っすぐに見つめてきっぱりと言い切ると、少し戸惑ったように「わかった、気を付ける」と頷いてくれた。
「それにしても、いつもそうやって
「騎士らしくなくて悪かったね。いつも笑ってるのは……覚えていてもらうのが笑顔の方がいいからかな? 次、もう会えないかもしれないでしょ」
「え?」
ラハム君の表情が凍り付いた。
もしかして、そういう事今まで考えてなかったのかな?
「戦争とは武力をもって行う政治の一形態だ。いくら目的で手段を美化正当化したところで、効率よく人を殺して目的を達するのが僕たちの役目であることには変わりない。そうやって他人様の生命を奪って奪って奪い続けて、いつかは自分が奪われる。その時に、いかに効果的に死んで味方に最大限の利益をもたらすかまでが僕たちのお仕事だよ。だから、今目の前にいる人に、もう一度会えるとは限らない」
「そんな……考えすぎじゃ?」
蒼ざめた顔で呆然と呟くラハム君。
そうか、彼は漠然と『騎士』というものに憧れて目指しているが、それが現実に意味するもの……すなわち軍や戦争というものをまだ理解していないのだろう。
本来なら騎士科に入学してすぐにこういった心構えを教育するものだと思うんだけど、一体何をしているんだろう?
「僕はもう、二桁ではおさまらない数の人を殺しているから、いつ自分の番が来てもおかしくないと思ってるよ。僕が生命を奪った人たちだって、一人一人が誰かの家族や友人だったはずだし、誰かにとっての大切な人だったはずだ。君もこの道を目指すなら、それだけは忘れないでほしい」
今回ばかりは彼の心にも僕の言葉がきちんと届いたらしい。
現れた時とは打って変わって神妙な顔で頷くと、「ありがとうございました」と礼を言って去って行った。
少しでもいい。これが彼にとって自分の在り方を見つめ直すきっかけになってくれれば良いのだけれど。
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