ピンク頭と見習い未満

 いよいよ明日は殿下たちと対峙しなければならない。

 とはいえ話し合いの件がエステルたちに知らされるのは今日の放課後なので、学校には普通に登校して授業を受けつつ、公女に余計な手出しをされないよう様子を見守ることにする。


 連隊本部を出ようとしたら、小隊長からパラクセノス先生の研究室に寄るように言われたので、登校後はまずそちらに顔を出すことにした。


「おはよう、よく来たな」


 今日も僕の脳天をわしわしと撫でながらパラクセノス先生が出迎えて下さった。


「すまんな、昨日スキエンティアから預かった帳簿と殿下が現金を持ち出す映像を渡しそびれてしまって。わざわざ取りに来てもらう羽目になった」


 コニーに返しておいてくれればいいのに、とも思ったけど、明日使う資料を作るのは僕だから、僕に渡しておく必要があるんだろうな。


「ありがとうございます。お預かりします」


「そうそう。この間壊れてしまったものの代わりになる護符や魔道具をいくつか作ったから、放課後また来てくれ」


 また僕の頭をぽんぽん叩きながら先生がおっしゃる。


「かしこまりました」


 やっぱり子供扱いされてるようで面白くないけど……急にどうしたんだろう? ここ数日、先生も魔導師団長もやたらと僕の頭をなでたり叩いたりしてこられる気がする。


 教室に戻ると、入り口のところでラハム君が鬼のような形相で立っていた。

 あまりに怖いので、クラスの大半はそちらの扉を使わずもう一つの出入り口から教室に入っていく。

 教室に扉が二つあって本当に良かった。


 ……いや、そういう問題じゃないのはわかっているのだけど。


「おはようございます、ラハム令息。こちらのクラスに何か御用ですか?」


「おはようじゃないわよ、どこウロウロしてたわけ!? わざわざ来てやったって言うのに」


 うわ、ラハム君の影に隠れて見えなかったけどエステルもいたのか。


「仕事で必要な資料を受け取りに行っていただけだけど。君にとやかく言われる筋合いはないよね?」


 全く筋の通らない言いがかりに首を捻る。彼らは一体何をしたいのだろう?


「貴様、さんざん待たせおって何が仕事だ。エステルから奪ったものをさっさと返せ。騎士の風上にもおけないっ!!」


「奪ったもの……?」


 心の底から不思議で首を捻ると、ラハム君はますます沸騰したようだ。


「貴様、無体にもエステルから大切なものを奪ったあげく、返すように言われて逆上して彼女を殴ったそうではないかっ!! 貴様はそれでも誇り高き王国騎士かっ!?」


「……??」


 ますます訳が分からなくて少し首をかしげてからようやく得心が行った。


「ああ、昨日のあれか……」


 性懲りもなく「癒しの力」とやらを寄越せと言いに来たらしい。いったい何回説明すれば理解するのだろうか。


「あれか、ではなかろう。今すぐエステルに謝罪して奪ったものを返せ!!」


「僕は彼女から何も奪っていないし謝罪の必要もない。彼女が勝手に勘違いして、誰かから貰ったり譲渡したりできないものを寄越せと言いがかりをつけているだけだ」


「なんだと!? この期に及んで言い逃れするのか!?」


「言い逃れでも何でもないよ。それに僕は彼女を殴ってはいないし」


 ラハム君の背後に隠れているエステルをつい冷ややかな目で見てしまうと、さすがに気まずそうに目を逸らした。


「もし僕が本当に彼女から何かを奪ったなら、それが何か具体的に言えるはずだよね? クリシュナン嬢、君は僕から何を奪われたと言うのかな?」


「そ……そんな、言える訳ないじゃない。女の子に何を言わせるのよ……」


 いささか呆れ気味に言うと、目を逸らしたままのエステルが消え入りそうな声で言ってお得意の嘘泣きを始めた。

 その姿に沸騰したのがラハム君。


「貴様……っ、乙女になんということを……」


 いや、君が思ってるようなものだったら、返すことってできないよね? というか、むしろ奪われそうになったの僕の方だし。

 そもそも、彼女の普段の言動を考えると君が思ってるものは彼女はずいぶん前にかなぐり捨ててると思うよ。

 思わずはるか天涯山にいるスナギツネのような顔になりかけた時、コニーがやってきた。


「おはようございます。これは何の騒ぎですか?」


 彼の冷静な声にエステルはびくん、と身を震わせるとラハム君の袖をひき、耳元で何か囁いた。

 どうやらコニーが怖いらしい。ラハム君に決闘を申し込んでくれとおねだりしているようだ。


「貴様には関係ない。ポテスタース、お前に決闘を申し込む。今日の昼休みに騎士科の鍛錬場に来い。くれぐれも逃げるなよ」


 え~、やだよめんどくさいし、僕そこまで暇じゃない。

 そんな感情が顔にでていたのだろうか?


「貴様が来なければ、貴様のいる第二旅団は腰抜けの卑怯者揃いだと立証されるな。だったらクセルクセス殿下にお願いして早々に解体していただくことにしよう。我らが栄光ある王国騎士団に腰抜けも卑怯者も不要だからな」


「ほぅ、そこまで言うんだ……」


 僕個人を嘲るのも蔑むのも構わないが、うちの部隊そのものを侮辱するなら黙ってはいられない。

 クセルクス殿下には軍の人事に口を出す権限は一切ないのだが、その程度の事すらわかっていない輩に家族も同然の戦友たちを愚弄されて、黙っている道理もないだろう。


「だったら稽古をつけてあげるよ。もちろん殺さない程度にちゃぁんと手加減してあげるから安心して?」


 にっこり笑って言うと、ラハム君とエステルはなぜかたじろいだ。


「運がいいね、僕が他所の部隊に稽古をつけるなんて滅多にないんだから。せっかくの機会だ、しっかり勉強するといいよ」


 あれ? こころなしか他の生徒もちょっと怯えてる気がするんだけど……僕、怖くないよ?


「見習いにも満たない君が、何度も激戦をくぐり抜けてきた正騎士相手にどこまで通用するか見ものだね。それじゃ、お昼休みに」


 軽く手を振って彼の横をすり抜け教室に入る。もちろんコニーも一緒。


「貴様、その台詞覚えておけよ!! 後悔しても知らないからな!!」


「そうよ、ズタボロになってから土下座したって遅いんだからね!?」


 ラハム君とエステルはしばらくその場で固まっていたが、気を取り直したように安っぽい捨て台詞を吐くとそのままそれぞれの教室へと向かって立ち去った。

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