ピンク頭とお昼休みの決闘

 お昼休み、早々に騎士科の鍛錬場に向かうと既に野次馬が押しかけていた。

 みんな暇だな~。


 ちょうどコニーも来たので脱いだジャケットとネクタイを預けると、受け取ってそのまま適当なベンチに腰掛け弁当を広げた。どうやら決闘?を見物しながら弁当を食べる気満々らしい。


「ちょっとは心配しないの?」


「心配する必要あるのか?」


 大真面目に言われて返す言葉もない。そりゃまあ、準備運動にもならない気がしているけどさ。


「おう、准尉。久しぶりだな」


 僕を階級で呼ぶのはお仕事でご一緒した人だけ。慌てて振り返ると何度か行事の警備でお世話になった事のある近衛第一旅団の中堅騎士がいた。


「お久しぶりです、コットス少尉。こちらへはどうして?」


 近衛では珍しい、叩きあげの実力者で今年叙任十年目。王宮警護にあたって幾度となく暗殺者や工作員を撃退しており、叙勲も繰り返し受けている頼りになる先輩だ。


「ああ、剣術の授業の臨時講師に来てるんだ。来月の大夜会の警備ではまた世話になるからよろしくな」


「うわ、通常任務もあるのに大変ですね。こちらこそよろしくお願いします」


 和やかに世間話をしていると、殺気だったラハム君がやって来た。後ろにエステルも隠れている。


「何を無駄口叩いてるんだ?今さら怖気づいたか?」


「おい、ラハム何を言ってるんだ?」


「ああ、これから稽古をつけてあげることになってるんです。ちょっと鍛錬場と木剣お借りしますよ」


 仕方なくこちらに来た目的をお話しすると、コットス少尉は実に愉快そうにニヤリと笑った。


「ほぅ、それは贅沢ぜいたくな。俺も見学させてもらおう」


「グダグダやかましい。さっさとせんか」


 あれ?ラハム君、なんで少尉に向かってこんなに横柄なの?


「少々伺いたいのですが、教官であり上官であるコットス少尉に対して、その態度は何なんです?騎士は秩序の維持が本分だとお話ししましたよね?」


「上官?平民上がりの騎士もどきに何を言うか。そういった賤しき民に毅然とした態度をとってこそ、誇り高い王国騎士というものだ」


「……先日も申しましたが、貴方は卒業後に叙爵を受けて帯剣貴族になれなければ平民になるんですよ?少尉は度重なる叙勲を経て、今は男爵位を賜る帯剣貴族です。

 階級も身分も上の相手にその態度はいかがなものか」


 さすがに見かねて注意すると、鼻を鳴らしてそっぽを向かれてしまった。コットス少尉も苦笑い。

 どうやら平民出身の帯剣貴族への横柄な態度がこの学園の騎士科では常態になっているようで、少尉も指導をあきらめておられるらしい。


 こんなんだから騎士科出身者は役に立たないとどこの旅団でも嫌がられるんだよ。


「他の学年はここまでひどくないんだけどな。今年は特に個性的だぞ」


 苦笑する少尉に僕も苦笑を返し、ラハム君に向き直った。


「なるほど、これは本格的に指導が必要そうですね。よろしい、早く支度なさい」


 彼を促して僕自身も少尉から木剣をお借りする。

 ちなみにコニーは美味そうに弁当を食べている。

 ……他人事だな。いやまぁ実際に彼には無関係なんだけど。


「なんだこのチビ。政経の坊やが、こんなところで何のお勉強ですかぁ?

 男がチャラチャラ飾り立てててなんか笑えるんだけど」


「お嬢ちゃん、お怪我しちゃうから、見学だけにしといた方がいいでちゅよ」


 鍛錬場の中に入ると途端に野次が飛んで来た。おや、喧嘩を売られてる?

 少尉の方をちらっと見やるとコメカミ押さえて嘆息してる。平民出身の少尉は、気位の高いご子息たちに強くものを言えずに困ってるみたいだ。


「そりゃご心配どうも。騎士科のみなさんはまず口の利き方からお勉強した方が良さそうですね」


 ああ面倒くさい。


「さてと。後悔させてくれるんでしょ?さっさとかかってきたら?」


 何だかあちこちに力が入りまくってるラハム君を軽く挑発してみた。

 案の定、逆上したようにかかってくる……と見せかけて、けっこう筋は悪くない。

 スピードもパワーもそこそこあるし、きっちりと基本に忠実に体重の乗った斬撃をしかけてくる。


 もっとも、基本に忠実だからこそ単調で読みやすくもあるんだけど。

 僕が受け流すだけなのを自分が優位だと勘違いしたのか、ついに大きく振りかぶって勝負をかけてきた。

 僕は軽く木剣の背で受け流しながら手首を捻るようにして彼の木剣を絡めとる。

 絡めとった剣をそのまま弾き飛ばすと、態勢を崩した彼の足を軽く払い、そのまま無防備な首筋に肘を打ち込んだ。


「……で?」


 思いのほかあっけなく片がついてしまい、ちょっと気まずいのをごまかしながら訊いてみた。

 野次馬たちも唖然としている。


「貴様、卑怯だぞ!!」


「……どこが?」


「受け流して人の隙ばかりうかがって。自分から仕掛けてこんか!?」


「……それじゃ、お望み通りこちらから仕掛けるね?」


 仕方がないので、再び構えたラハム君に今度は自分から攻めてみることにした。

 一気に踏み込んで間合いを詰めると、受ける気満々で構えている剣に木剣を叩きつける。

 彼は受け切ろうと一瞬踏ん張りはしたものの、すぐに剣を取り落として蹲ってしまった。さぞや手がびりびりと痺れていることだろう。


「勝負あったかな?ついでに見ていた人もかかってきていいよ」


 呆然と見ていた野次馬に声をかけると、何人かが木剣を振りかぶってかかってきた。残念ながらラハム君に比べると動きが派手すぎて無駄が多い。

 彼が学年首席なのは間違いないようだ。……それにしては、ちょっと色々とお粗末だが。


 まず真っすぐに一人突っ込んできたので、打ち込んでくる木剣に自分の木剣を軽く添えるようにしてそのまま手首をひねり、相手の木剣を弾き飛ばす。


「次」


 声をかけると慌てて次の学生が斬りかかってきた。

 ほんの少し体を開いて避けると体勢を崩した相手の頸筋に軽く掌底を叩き込み、微弱な電流を一瞬だけ流す。

 一瞬びくん、と震えて崩れ落ちる学生を頭を打たないように抱き止めてから座らせた。


「次」


 今度は後ろから突っかかって来たよ。プライドとかないのかね?

 振り向きざまに腹を薙いで終わり。あとで内臓いかれてないか診てあげなきゃ。


「次は?」


 聞いてみたけれども残る学生は引きつった顔で遠巻きにしているだけ。最初の威勢の良さはいったい何?


「そろそろ実力差は思い知ったんじゃないか?そのくらいにしておいてやれ」


 コットス少尉が苦笑しながら拍手して「稽古」を中断した。

 ちなみにコニーは弁当を食べ終わって水筒のお茶を飲んでいる。めちゃくちゃ寛いでるな、おい。


「さて、これでご納得いただけたようなので僕はこれで失礼しますね。コニー、帰ろう?」


 ちょうどお茶を飲み終わって水筒の蓋をしめたコニーに声をかけ、そのまま鍛錬場を後にすると、ついに笑いをこらえきれなくなったコットス少尉の爆笑が後から追いかけてきた。


 ……そういえば、すっかり忘れていたけどエステルはどうしたんだろう?

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