ピンク頭と昔話
※児童への性虐待をにおわせる表現があります。苦手な方はご自衛ください。
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「あのさ、ちょっとだけ昔話してもいい?」
どのくらいそうしていただろうか。
沈黙に耐えかねて、つい口に出してしまった。
「俺が聞いて良いならいくらでも」
頷くコニーの声は穏やかで、少しだけ安心した。
聡い彼のことだ、何があったかは薄々察しているだろう。
嫌悪されても仕方ないのに、変わらず接してくれてほっとする。
「うん……僕が得意なのは身体操作系の魔法だって知ってるよね?身体強化とか、治癒とか。それは見習いの頃に師匠から教わったんだってことも」
「ああ」
「僕は三男で、いずれ家を出なきゃいけないってわかってたからさ、とにかく早く独立したくって。七歳から十歳までは家と縁の深い私設騎士団で訓練に参加させてもらってたんだ。で、弟子入りする人を探してたんだけど。
師匠ってさ、すごく強いし、珍しい魔法を使うって有名な人でね。一度会ってみたいってずっと思ってたら人伝に弟子を探しるって話を聞いて、一度お会いしてみて。すごく気に入ってもらえて、勧められるままよく考えずに弟子入り決めちゃったんだよね」
「そうか」
あの頃の僕は幼くて、ただたくさん武勲を立てているだけじゃなくて、珍しい魔法で怪我や病気を治してたくさんの人を助けている、そんな師匠のことを物語に出てくる聖騎士みたいだと憧れていた。
今思えば、実際に弟子入りしたことのある人たちからも話を聞くべきだったんだけど、あの当時は憧れの人に会えるってことで舞い上がってて、そんな当たり前のことも思いつかなかったんだよね。
「師匠が所属していたのが王都の治安維持にあたる警邏隊だったのも、迷わず弟子入りした一因だった。警邏なら王都で生活できるから、シフト調整すれば学園にも通学可能でしょ? 実際に先輩方でもそうやって勤務しながら通っていた人は多いし、きちんと学園に通いたかった僕には渡りに舟だった」
問題は、その師匠が実力はともかく人格的に大いに難があったという事だ。
師匠は表向きは治癒魔法の使い手にふさわしい高潔で献身的な好人物だったが、その反動で一部の弟子を様々な衝動のはけ口にしていた。
「身体操作魔法ってさ、強化にせよ治癒にせよ、人体を正確に把握して、それを感覚的に再現する必要があるでしょ? 人体の構造を学ぶと言っても、医学や解剖学の教科書を読んで、知識を得るだけでは限界があるよね。色、におい、手触り、強度。まだ幼い子が、人体を正確に把握するためにはどうするのが手っ取り早いと思う?」
「……すまん、見当もつかない」
「正解は、実際に見て触る事。たとえば、解剖学者、医学者として名高いカロリングのリリーローズ・エテレクシイ。彼女は処刑人の家の生まれで、5歳から死刑囚の解剖を手伝っていた。
人形で遊ぶ代わりに、来る日も来る日も遺体の解剖ばかりしていたから、彼女の所見はおそろしく正確で的を射ている。彼女の書いた解剖学の教科書は素晴らしいよね。読んでいるだけで臓器の手触りや臭いまでが伝わってきそうだ。
でもね、王国末期、恐怖政治下のカロリング王国ならともかく、平和なシュチパリアの騎士見習いの僕たちが、同じことはできないよね?」
「……それはそうだな」
「だったら、生きている人間に直接触れて、接触部から互いの体内に魔力を流して状態を把握すればいい。でも、分厚い皮脂で守られている皮膚の感覚はたかが知れてる。もっと粘膜がむき出しで、触れたものを詳細に感じ取ることができるもの、あるよね?」
べっと少しだけ舌を出すと、何があったのか察したのだろう。コニーは目を瞠って顔色を変えた。それから痛ましそうに目を伏せる。
彼の辛そうな表情に申し訳なさがこみあげてきた。
一方的に僕の中のドロドロしたものを彼にぶつけてしまった。彼にはそれを受け止めなければならない義理なんてどこにもないのに。
わかっているのに、一度口をついて出てしまった言葉は止まらない。
「師匠にとっては僕たちはみんな玩具みたいなものだっただろうね。大勢弟子に取って、色々な知識を仕込んで。みんな師匠に気に入られたくて、必死だったけど、ちゃんと使い物になった……一人前に魔法が使えるようになったのは僕と先輩の二人だけ。他の人は一年かそこらで適正なしって言われて、最低限の事だけ教えられて他の人のところに行かされてたよ」
「そうか……」
まぁ、今考えれば我ながら師匠の無茶な要求によく応えてたと思うんだけど。
当時は必死だったから、自分がいかに理不尽な事を求められていると気付けずにいた。
「先輩は、とにかく師匠の言う事には絶対服従でね、どんな無茶苦茶な命令でも迷わずすぐ従ったよ。自分自身の生命とか尊厳とか、そういうものは二の次で、とにかく師匠の機嫌を損ねない事、師匠に見捨てられない事、それだけが全ての人だった。師匠にとってはそれはすごく気持ちの良いことだったんだろうね。
僕もまぁ、必死だったけど……先輩に比べればまだましだったかな? あまりにひどい事は先輩が代わりにやってくれたから。だから、エステルにああいう言い方されるのも仕方がないのかもしれないね」
『純情ぶってもヤることヤッて』『清純ぶってるやつが一番ビッチ』
エステルの言葉が突き刺さる。自分の身が汚れているのは僕が一番よくわかっているんだ。だから身を慎み、一つ一つできること、やりとげたことを積み上げて来た。
それでも、どれほど人から認められたとしても、自分の中に抱こんだままの罪も穢れも決して消えはしない。
「……見習いが師匠に逆らえないのは仕方がないだろう。しかもたった十歳かそこらの子供じゃないか。お前もその先輩も、何も悪くはない」
いつも淡々と要点のみを話すコニーが、逡巡しながら連ねられる言葉たちに不器用ないたわりがにじんでいる。
不愛想で冷淡な奴に見えるけど、彼はとても優しくて温かい奴だ。
「ありがとう。そう言ってくれると少し気が楽になるよ」
彼の優しさに甘えて、感情の赴くままに過去をぶちまけてしまった。お前は悪くないと言ってくれることを期待して。
自分の狡さにうんざりする。
「お前、自分のこと汚いなんて思ってるんじゃないだろうな?」
不意にわしわしと頭をぞんざいに撫でられ、下を向いてしまっていた視線を彼に向けると、眼鏡の向こうから真剣な眼差しを返された。
「お前たちは、ただ必死だっただけだ。汚い奴がいるとすれば、お前たちのその懸命さと立場を利用して欲を満たしていたお前たちの師匠だ。それだけのことをされたんだ。恨んでひねくれてもおかしくない。それでも真っすぐに生きているお前のことを、俺は綺麗だと思うぞ」
「コニー……」
「少なくとも自分の欲を満たすために人を陥れ、誰彼構わず寝所に誘うエステルに蔑まれるいわれはない。だからもう、そんな顔をするな」
僕の目を真っすぐに見て、一つ一つの言葉を刻み込むように言う彼の気持ちが嬉しかった。
「ありがとう。もう大丈夫」
今度はきちんと笑えていると思う。
頷いてくれるコニーが、もう辛そうな顔をしていないから。
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