ヒロインなあたしと隠れビッチ

 ああもう、マジでムカつく。


 最近はお助けキャラが全然言う事を聞かなくなってきた。

 あの偽聖女の癒しの力を取り返すのに協力しろと言ったのに、そんなことはできないと突っぱねやがるし。

 それ以来、あたしを避けているのか休み時間や放課後になるとすぐどこかに行ってしまう。

 

 それだけじゃない。ここんとこ、アルティストまでもがノリが悪い。

 今日もせっかくあたしが遊びに誘ってやったのに、試験が近いから勉強したいってさっさと帰ってしまった。

 この間、ヴィゴーレに事情聴取に連れていかれてからずっとこんな感じ。


 まさかお助けキャラもアルティストも魅了かなんか変な力で操られてるとか?

 このままじゃコノシェンツァだけじゃなくてアルティストまであいつに取られちゃう。

 なんで男に男取られなきゃなんないのよ。いい加減、何とかしなきゃ。

 

 だいたい、癒しとか魅了とかって特別な力はヒロインの特権のはず。

 なんであいつばっかり使えるのよ。あたしだけの力のはずなのに、ちゃんと取り返さないと。

 でも、どうすればいいの?

 

 「女神様に相談してみたら?この世界に君を連れてきたんだから、責任を取ってもらわないと」

 

 あいつの言葉がふと頭をよぎる。やっぱり女神様に会うしかないのかもしれない。

 でも、神殿で祈るなんて絶対嫌。

 なんでこのあたしがそんなダサいことしなきゃなんないのよ。

 

 他の方法を探すために、ゲームについて知ってそうな奴に話を聞かなきゃ……。

 となると、月虹亭のクソババアしかいない。

 仕方ない。この間蜜を買う事もできなかったし、店に行ってみるか。

 もしかすると、またこの間の隠しキャラに会う事ができるかもしれないし。

 

 店内に入ると、例の隠しキャラが商品の整理をしているところだった。

 今日も薄暗い店内でも光り輝くような美貌だ。会えてラッキー。

 

「ああ、君か。蜜ならもう売れないよ。君に用法を守る気がないってわかっているからね」

 

 開口一番に面白くもなさそうに言ってくる塩対応だが、これはこれでなかなかイイものだ。

 何しろ誰も見たことがなかった隠しキャラなのだ。最初からデレていたら面白くない。このそっけない態度が溺愛に変わって、甘い言葉を垂れ流すようになるのだと思うと今から攻略するのが楽しみだ。 

 

「そうじゃなくて、ババアにちょっと聞きたい事があんのよ。せっかく来てやったのにどこにいるわけ?」


 あたしが冷静に用件を告げると、彼は呆れたように息をついてからあたしを応接セットに案内した。


「ババアって……店主ならすぐ戻るはずだよ。少し待っていて」

 

 彼はソファに座るようにあたしを促すと、湯気の立ったお茶の入ったティーカップをあたしの前に置く。

 カップを両手で包み込むように持つと、ふわりと清涼感ただよう香りが立ちのぼった。

 一口飲むと爽やかな香りと優しい甘みが口いっぱいに広がって、苛ついた心を柔らかく包んでくれるようだ。

 思わずほぅっと息をつくと、いつの間にかババアが店内に戻ってきていた。

 

「待たせちまったようだね、何の用だい?」

 

「何の用だじゃなくてさ、何とかなんないの、あの偽聖女?」


 察しの悪さに苛立ちながらも話を切り出すと、ババアは不思議そうに首を傾げた。


「偽聖女?なんのことだい?」

 

「癒しとか魅了とかって、あたしだけの力のはずでしょ?早く取り返さなきゃ、せっかく攻略した連中がみんなあっちに行っちゃう」


「魅了はよくわからないけど、癒しの力って治癒魔法のことかい? それならゲームとは関係ないし、簡単に取ったり取り返したりできるもんじゃないさ。なんせ、あの子はちっちゃな頃から師匠につきっきりで身体にみっちり教え込んでもらったんだから」


「ああ、なるほどね」


 あたしはババアの言葉を聞いて、前世でちょっと話題になってた漫画の主人公ナルちゃんの事を思い出した。

 彼女も自分の身体を使って男たちからスキルと経験値をゲットしてたはずだ。男とヤると相手の持ってるスキルと経験値が全て自分のものになるのだ。

 リア充陽キャJKが異世界で底辺に落とされて娼婦になっちゃったのに、キモイ男どもの相手を頑張って地道にスキルと経験値をゲットして、レベルを上げてったんだ。

 ラストでキモ男どもから集めた超強力なスキルを使って敵も味方もひっくるめてまとめて吹っ飛ばすところは最高にカッコ良かった。

 あたしもああやって身体を張ってほしいものはゲットしなきゃだめってことだね。


「それにしても、純情ぶってる優等生が実は身体使ってズルしてましたとか、マジ笑えるんですけど」


「ちょっと。何か勘違いしてるだろう、お前」


「クロード、あんたはもう帰んな」


 何故か隠しキャラが顔色を変えて何か言おうとしたが、ババアがぴしゃりと遮ってもう帰るようにと言う。

 ああ、もう帰っちゃうの? ってゆーか、あいつクロードって言うんだ。

 やっと名前がわかった。

 何を怒ってるのかわからないけど、鋭い目でババアを睨みつける顔もめちゃくちゃセクシーでカッコいい。本当に何をやっても絵になる男だ。


「しかしだね……」


「そろそろ愛しのエリィが帰ってくる頃合いだろう? 出迎えてやらなくていいのかい?」


「……っ」


 なおも言い募ろうとするクロードにババアが重ねて言う。

 ってゆーか、愛しのエリィって誰よ?なんか古い歌みたいだけど、浮気でもしてんの?こいつはあたしを最高にハッピーにするためだけに用意された隠し攻略対象者でしょ?

 まあいいや、今はNTRものもはやってるんだっけ? さっさと攻略してあたしだけに夢中になるようにしてあげるから。

 

「お前さんが余計なことをしたり言ったりしたりすれば、あの庭園がどうなるかわかってるね?」


「……わかったよ。余計な事はしない」


 何だかあたしによくわからないことを自分たちだけ話していて面白くない。あたしの機嫌が急降下しているのがわかってないのだろうか。世界の誰よりも大切にされ優先されるべきヒロインのこのあたしの機嫌が。


「そこの自称ヒロインとやら。あまりおかしなことはしない方がいいよ、身の破滅を招くだけだから。僕から言えるのはそれだけだ」


 クロードの奴はあたしにちらりと冷たい視線を送って一息に言い捨てると、姿をかき消すようにどこかに行ってしまった。


「何アレ、ちょっとムカつくんですけど」


「こりゃ驚いた。キレないなんてあんたにしちゃ珍しいね」


 ババアがクッソ失礼なことを言うが気にもならない。

 

「仕方ないでしょ、攻略難易度激ムズの隠しキャラなんだから。あの塩対応が溺愛に変わるのがたまらないのよ」


「クロードが隠しキャラで溺愛ねぇ……まぁいい、用事はもう終わりかい?」


 ババアは少し呆れたように笑うと、もう用件はないか訊いてきた。


「ああ、ちょっと女神様に会いたいのよ。なんか色々シナリオが変わってるみたいだから、これからどうすればいいのか知りたくって」


「そりゃあ、神殿に行って一心に祈るしかないだろうね。


「えー、やだダサいよ、そんなの」


「仕方ないだろ、女神様とそう簡単に会えるようならこんなショップなんか必要ないんだから」


「そりゃそうか。いいや、とりあえずはあのクソムカつく偽聖女からあたしの力を取り返してくる」


 結局祈るしかないのか。それはできれば最終手段にしたいものだけど……とりあえず、ヴィゴーレから癒しの力を取り返せばなんとかなるかな?


「そううまくいくかね。もともと癒しだの魅了だのってゲームには出てこなかっただろ? あんたのものって訳じゃないと思うがね」


「だいじょーぶ、あんたたち凡人とは頭の出来が違うんだから。それじゃまたね」


 あたしはクソババアのつまんない話を聞き流してさっさと奪われた力を取り返しに行くことにした。



 

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