ピンク頭と公子の改心

「ポテスタース……ちょっと頼みがあるんだが……」


 昼休み、パラクセノス先生の研究室に向かってコニーと歩いていたらいきなりアルティストに声をかけられた。


「珍しい事もあるもんだね、いきなりどうしたの?」


 びっくりして身体ごと向き直って訊ねると、なぜか気まずそうに目を逸らされて黙られてしまう。

 訳が分からなくて、コニーと顔を見合わせていると、アルティストが意を決したように一気に話し始めた。


「俺、この間の聴取の時から色々考えて……義父上ともちゃんと話をして……

 楽師になるにはどうすればいいかとか、どんな生活をしてるとか調べてもらったんだ。それで、自分の考えがどれだけ甘かったかよくわかった」


「そっか。それはそれで良かった……のかな?」


 自分で調べたんじゃなくて、調べてもらったってところがアレだけど、それでもちゃんと納得してるんなら良かった。

 

「楽師がどんなものか知りもしないで、ただ舞台で拍手を浴びてるところだけ見て憧れてた。

 自分が何ができるか、どんな音楽を目指すのか、全く考えてなかったんだ」

 

「そう……」


「だから、今から少しでも勉強して義父上のお手伝いができるようにしたい……なんて……ほら、試験も近いし」


 だんだん声が小さく自信なさげになってくる。

 なるほど、やっとやる気になったけど、「今さら」って言われるのが怖いんだね。

 

「一緒に試験勉強する? 僕たちとはちょっと範囲が違うとは思うけど、わからないところは教えられると思うよ。ね?」


 傍らのコニーを見上げれば、「仕方ないな」という顔で頷いてくれた。

 

「本当か、ありがたい!」


 アルティストの顔がぱっと明るくなる。

 ああもう、そんなに嬉しそうにされたら断れないでしょ。最初から断る気はないけど。結局、放課後に生徒会準備室で一緒に勉強する約束をしてその場は別れることにした。


 先生の研究室に行くと、昨日仕掛けた記録球をお見せした。

 もう必要はないだろうと思いつつ、念のため確認してみたところ、教室で早朝自分の教科書を破くエステルと、生徒会室の金庫から現金を持ち出す殿下が映っていたのだ。


「こいつら、よくこれでバレないと思ってるな……」


 何故か僕の頭をぽんぽんと叩きながら呆れたようにおっしゃる先生に「不敬ですよ、一応王族なんだから」とたしなめると「お前もな」と苦笑された。


「昨日お前のところの上官がこちらに来てな。協議の結果、国王陛下や宰相閣下にも立ち会って頂いて査問会を行う事になった。公女やパブリカ嬢にも証言してもらう。スキエンティアにも立ち会ってもらうからそのつもりで」


「かしこまりました。それじゃ、僕たちはこれで」


 必要な情報が共有できたところで退室すると、午後の授業も何事もなく過ぎて行った。

 放課後、生徒会準備室に行くと既にアルティストとアッファーリが来ていた。

 

「すまん、さっきアルティストから話を聞いて。俺も便乗させてもらっていいか?」


「構わないけど、その代わりちゃんと生徒会の仕事もやってね。全部コニーに丸投げはダメだよ?  いつも一人で苦労してるんだから」

 

「すまなかった。今後はちゃんとやるので、何をすればいいか教えてくれ」

 

 ああ、いつもさぼってばかりだから何すればいいかわからないのね。コニーもさすがに苦笑している。

 それでも今までずっと一人で奮闘していたんだから、二人が手伝ってくれるようになるなら彼もだいぶ楽になるはずだ。

 

 とりあえず、みんなで応接セットのソファに座ると、それぞれ自分のやりたいものを勉強して、わからないところがあればお互いに質問することにした。

 

「ね、コニー。ここの解釈ってどうなってるの?」


「ああ、ここは『長雨』と『ながめる』をかけてるんだ」


「そっか。音が同じの別の言葉をかけてるんだね。こういう詩とか歌の解釈って変則的だから苦手」


「ポテスタースにも苦手なものってあるんだな」


 コニーとのやり取りを見ていたアッファーリが何だか面白そうに言う。 

 

「そりゃ誰だって苦手なものくらいあるよ。理詰めだけじゃうまくいかない詩作とか音楽とか本当に苦手」


「何でも器用にこなす印象あるから意外だな。いつもニコニコしてて怒ったり焦ったりしているとこ見たことないし」


「そうそう、何でも涼しい顔でこなしているから。必死になる事ってあるのか?」


 口々に言うアルティストとアッファーリ。

 僕ってそういうイメージで見られてたのか。それで距離おかれてたのかな?

 

「まぁ、何度も死にかけてるから多少の事では動じないかもね。さすがに任務の時や戦場では必死になる事も多いよ」


「お前から見れば学生生活なんか子供の遊びみたいなものか」


 今度はアルティスト。二人とも、なんか変なイメージ持ってない?


「いや、だったらわざわざ勤務しながら通ったりしないよ。軍では教えてもらえない類の勉強も多いし」


「でもポテスタースもスキエンティアも俺らとはレベルが違うって思ってたから。話してみると普通で意外」


「俺まで一緒にするな」


 いきなり話に巻き込まれたコニーが憮然と言う。


「だってスキエンティアってほとんど表情変わらないだろう。俺らの事なんか眼中にないんだと思ってた」


「そうそう、俺らが何しようが何言おうが関係ないって感じ。住んでる世界が違うって言うか」


「コニーはあまり感情を表に出さないだけで優しいし面倒見もいいよ。

 今だって付き合ってくれてるでしょ?」

 

 僕もちょっとむっとして言うと、二人で少し顔を見合わせてふっと笑った。

 

「本当にそうだな。今日は感謝してる」


「俺ら、入学してから遊んでばかりだったから、いきなり勉強しようと思ってもどこから手を付けていいか見当つかなかったし」


 わいわいと話しながら勉強していると、ふいにがたんと音を立てて生徒会準備室の扉が開いた。

 

「あんたたち、こんなところでコソコソ集まって何してんの?」


 何だか剣呑な笑顔を顔一面に貼り付けたエステルがあけ放った扉の前で仁王立ちしている。いつにもまして瞳孔が開いていておどろおどろしい雰囲気だ。

 

「みんなで試験勉強してるんだ。エステルも一緒にどう?」


 僕が笑顔を作って声をかけると、僕をギロリと睨んで絞り出すような声で言った。


「しらばっくれるんじゃないのよ、あんたは」


「しらばっくれるって何の事?」


 彼女を疑って色々と捜査している事だろうか?

 何が言いたいのかわかりかねて首をひねっていると、にちゃり、と何とも言えない粘着質ないやらしい笑みを浮かべてエステルが言った。


「知ってるんだからね、あんたがどうやって癒しの力をゲットしたか」


「え?」


 まだ僕の治癒魔法を狙っていたのか。

 これは純然たる知識と技術だから、自分で勉強して身につけるしかないって何度言えばわかるんだろう。

 げんなりして抗議しようと思った僕は、彼女の次の言葉に頭の中が真っ白になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る