ピンク頭と謝罪とお友達

 ひとまず説明が終わると、研究室内に気まずい沈黙が落ちた。

 話も終わりならもう帰ります、と公女が腰を上げかけたところで、それまで俯いて黙っていたオピニオーネ嬢が意を決したように顔を上げ立ち上がった。


「あの……アハシュロス公女。どうか一つ、お詫びさせてください。

 わたくし、クリシュナン嬢のお話だけを聞いて貴女が地位をかさに着た虐めをしているものと思い込んでおりました。

 そのせいであらぬ噂を流して貴女の名誉を傷つけてしまったんです。記者を志す者として決して許されぬことです。

 本当に申し訳ありません」


 とても伯爵令嬢とは思えない勢いでがばり、と頭を下げたまま動かないオピニオーネ嬢。小さく震える縮こまった肩が、彼女の申し訳ない気持ちをそのまま表しているようだ。

 そのいたたまれない様子を見て、アハシュロス公女は大きく息を吐いた。


「……では、わたくしが虐めをしていないと今は信じて下さっているのですね」


「もちろんです。それどころか彼女が悪意をもって貴女に危害を加えようとしていたのに……わたくし、本当に申し訳のない事を……」


 沈痛な表情で、絞り出すような声で謝罪するオピニオーネ嬢に、公女は柔らかな声で訊ねる。


「そんなに申し訳なく思っているなら、一つお願いを聞いていただけるかしら?」


「わたくしにできることなら喜んで!」


 勢いよく顔を上げたオピニオーネ嬢の必死な表情に、公女は少しだけ悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。

 ……この人、こんな表情もできるんだ。


「それでは、わたくしのことはアミィと呼んでいただけます?アハシュロス公爵令嬢では長すぎますでしょう」


「そ……それは……?」


「平民は、特別な関係でなくても親しい友人であれば互いに愛称で呼び合うそうです。

 わたくしももうすぐ卒業。学生でいる間だけでも、お友達になっていただけませんか?ねえ、パブリカ伯爵令嬢」


「え……ええ。わたくしでよろしければ喜んで。

 ではわたくしの事はピオーネとお呼びください」


 戸惑うオピニオーネ嬢とにこにこと嬉しそうなアハシュロス公女。それを微笑ましく見守るドゥ令嬢。

 なるほどね、筆頭公爵家の権威が欲しくて群がってくる子は多いけど、本当に気を許せる友達はドゥ子爵令嬢くらい。今まで寂しかったのかもしれないな。


 人当たりが良くて面倒見の良いオピニオーネ嬢は女子たちの間で人気も高い。

 彼女と仲良くなれれば自然に他のご令嬢とのご縁もできるだろう。


「こちらは丸く収まりそうだな。肩の荷が下りた」


 少し戸惑いながらも微笑みあう少女たちの姿を見て安堵した様子のコニー。やっぱり公女に内緒で調査していたのを気にしてたんだね。

 それにしても、寝不足気味なのか目の下のクマがすごい。


「それはいいけど、なんだか顔色が悪いよ。無理しすぎじゃない?

 僕に手伝えることがあればちゃんと言ってよ」


「やかましい、お前もいつも有り余っている元気がないぞ。

 無茶な勤務が続いてるんじゃないだろうな」


 う~ん、あまり無茶している気はしないんだけど、今日はなぜかちょっと身体が重い気がする。少し疲れが溜まってるのかな?

 やっぱりコニーは鋭いね。


「無駄な元気ってなんだよ、夜勤は続いてるけどちゃんと仮眠もとってるから大丈夫だよ」


 僕たちの気安いやりとりに女性陣三人が目を丸くして、同時に吹き出した。


「あらやだ、教室と全然違う」


「お二人は本当に仲がよろしいのね?」


 楽し気に笑うとアハシュロス公女が改まった様子で言った。


「ね、改めて皆さんわたくしのお友達になって下さらない?パブリカ令嬢もスキエンティア侯爵令息もポテスタース卿も。

 わたくし、この五年間をひたすら公務と王妃教育に費やしてしまって、本当に親しいお友達はジェーンくらいですの。

 それに引き換え、殿下たちはお立場も忘れたかのようにお友達と仲良くずっとお楽しみで……学園生活も残りわずかですもの。わたくしも愛称で呼び合うようなお友達が欲しいですわ」


「わたくしからもお願いします。見ての通り、アミィ様はとても素朴でお可愛らしい方なのに、なぜか誤解されやすくって」


「あら、ジェーンったらひどいですわ」


 おどけた調子で続けたドゥ子爵令嬢に軽く頬を膨らませて抗議する公女の目元がうっすらと赤く染まっている。

 たしかにこんな姿は素朴で可愛らしいと思う。立場上、素直に振舞える場はものすごく限られるんだろうけれどもね。


「構いませんよ、ただし誤解を招かない程度には節度を保ちますが」


 僕が気安く請け負うと、コニーが少しためらった後で「では自分も」と頷いた。

 どうせ卒業までは一か月かそこらしかないんだ。所詮は子供の遊びの延長線上だろうが、だからこそこういった学生ならではの気楽な交流も一度は経験しておいた方が良い気もする。


 めでたくわだかまりも解けたので、それぞれが帰宅するタイミングで僕も帰投する事にした。


「ただいま戻りました。あれ、エサドは?」


 小隊事務所に戻ると、いつも組んで仕事をする事の多いエサドがいない。デスクの上も片付いているし、彼の二人の弟子の姿もないので今日は出勤していないのだろうか。


「エサドならエドンとドレインを連れて出張だ。南部のコルチャオからイリュリア向けの荷物に硫黄が混入していてな。

 誰が関与しているか洗ってくることになった」


「タシトゥルヌ領コルチャオですか?エルダ系住人が多いところですよね……厄介な」


 シュチパリアの南隣に位置するエルダはとても歴史が古い国で、かつては卓越した芸術と文化を誇っていた。それだけに住人たちのプライドも高いが、ここ三百年は砂漠大国オスロエネの支配下にある。

 だから同様に五十年ほど前までオスロエネの支配下にあったものの、カロリング動乱の混乱に乗じてちゃっかり事実上の独立を果たしたシュチパリアとはあまり関係がよろしくないのだ。


 特にタシトゥルヌ侯爵領はエルダが昔から領有権を主張していて、エルダ系独立派武装組織が存在する、少々……いや、かなり面倒な土地だ。

 そこから硫黄が運ばれたとなると、アハシュロス公爵家を陥れてダルマチアとの関係悪化をはかる背景にエルダの工作員がいるのかもしれない。


「ああ、だから当分帰ってこられない。相棒がいないのだからお前も夜の巡回は出るなよ」


 あの虹色の女神の目的が戦乱を起こして犠牲者を生贄いけにえとして喰らう事ならば、もともと火種を抱えた地域で活動している組織を使えば手っ取り早い。

 彼らに道具や資金を渡して適当な事を言えば、あとは勝手に自分たちに都合よく解釈して突き進むだろう。

 エサドの任務がそういった地下組織の調査なら、少なくとも数週間は戻ってこられないはず。


「かしこまりました。

 実は学校で殿下が騎士科の生徒を使ってアハシュロス公女に言いがかりをつけて連行しようとしまして。

 これ以上暴走する前に調査依頼の報告と称し、現状を説明した方が良いと思います」


「またあの馬鹿王子の暴走か。

 あの娘の背後にいる者の目的もわかって来たことだし、陛下立ち合いのもとで決着をつけるのも良かろう。

 魔導師団と話をつけて、近日中に席を設けることにする」


 小隊長はそう言うと、細かい調整のために魔導師団に連絡を取ってくれた。

 さて、いよいよ決着となるのだろうか。

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