※ピンク頭と名状しがたき這い寄らない何か(微グロ注意)

※微グロ?な何かが出てきます。

見た目も臭いもすさまじいので、お食事中は避けた方が良いのかもしれません。

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 会計を済ませた僕は辺りがすっかり暗くなってしまっている事に気付いて慌てた。アルティストを公爵邸に送り届けたついでにちょっと寄り道しただけなのに、どうしてこんなに遅くなってしまったんだろう?


「いつもありがとう。また買いに来てね」


 店主のお姉さんの綺麗な笑顔に見送られて、僕は月虹亭を後にした。

 急いで連隊本部に戻らないと、上司も同僚も心配しているだろう。

 それにしても、僕はどうして勤務中だというのにこんな寄り道をしようと思ったんだろう?これから聴取内容の報告書も書かなきゃいけないのに。


「遅くなって申し訳ありません」


 慌てて小隊事務所に駆け戻った僕を見た小隊長は、顔色を変えて一瞬固まった。


「……? どうしました?」


 彼がこんな反応をすることは極めて珍しい。僕、何か変な物でもつけてきただろうか?


「一体何があった? ピアス、全部割れてるぞ」


 硬い表情のエサドが平坦な声で言う。慌ててブレスレットを見ると、防護魔法を組み込んだ魔法石にヒビが入っていた。


「……やられたか。待ってろ、すぐ魔術師団長を呼んでくる」


「……はい」


 さっぱり訳がわからないながらも、直感的に素直に従うべきだと感じておとなしく待機する。

 立ち去り際の小隊長の申し訳なさそうな、沈痛な表情が妙に気にかかった。


 なんだか頭がクラクラする。何か大事な事を忘れているような……

 そういえばそんな時のためにパラクセノス先生が薬を渡してくれてあったっけ……と思い出してから、「そんな時って何だっけ?」と首をひねる。

 何だか記憶がちぐはぐだ。


 とにかく薬を出そうとポケットをさぐると、何かが指先に触れて猛烈な頭痛と共に急速に頭の中がクリアになった。

 そうだ。連隊本部に戻る前に、どうしても月虹亭を見ておこうと思って立ち寄って、そこでおかしな存在に出くわしたんだ。


 あれは美しい女性の姿をしてはいたが、間違いなく人間なんかじゃない。

 もっと力があっておぞましくて神々しい……いわば神か悪魔のような存在だ。


 なぜ忘れていたのだろう?

 それだけじゃない。カフェでエステルにしこたま薬を盛られた時、店のトイレで出くわしたのもさっきのアレだ。

 パラクセノス先生からお借りした護符をきれいさっぱり壊してくれた存在。


 そしてそれは王都下町の雑貨店「月虹亭」の店員の女性の姿をしていたことも。

 全部ぜんぶ思い出した。曖昧だった記憶がくっきりとした輪郭をもってよみがえってくる。


 それにしても、あれだけぼんやりしていた意識と記憶がいきなりすっきりクリアになるとは、一体何が入っていたんだろう?

 ポケットに入っていた手を出しソレを見て、更なる頭痛に見舞われた。


「縄だ……」


 ぶっとくてボロボロに風化した、明らかにものすごく古いロープ。

 何だかベタベタしたおかしな臭いのする汁が沁み込んでいて、汚らしいことこの上ない。


 そうだ、あの時意識を失う直前、僕はとんでもないものを見たんだ。

 そのとんでもない光景と、ついでにすっさまじい腐ったような臭いを思い出して、僕はまた気が遠くなりそうになった。


 僕が気を失う直前に見た光景。

 それは中天に浮かぶ真紅に染まったでっかい蝕の月から垂らされたぶっといボロッボロのロープ。

 そしてそれに首を吊られてゆらゆらとゆれる死体?? だった。


 ……いや普通は死んでると思うよ?

 吊られてる首が変な方向にのびて曲がってたし、死後数週間は経ってるとしか思えないようなすっさまじい腐臭がしていたし、何なら顔半分腐って眼球がドロリと落っこちかけてたし。


 でもさ、その状態でぽやぽやと能天気に笑ってるんだよ、ソレ。

 しかも、すっごくイイ声でしゃべるんだよ。

 能天気にぱたぱた手なんか振りながら。


「その誓い、しかと承りましたよ。わたくしが参ったからにはもう安心してください。わたくしの名と力にかけて、貴方の想い決して無駄には致しません」


 声だけ聴くと、凛として透き通っていて、あの虹色の気色悪い存在の甘ったるい毒を一掃するような、気高くも清々しく、力強い声なんだけど。

 それこそ天使とか戦乙女の妖精とか、そんな感じの何かが出してても違和感のない……というかむしろ納得、って感じの極めつけに素敵な声なんだけど。


 ……見た目と臭いがものすごい。

 だってドロドロに腐りまくって半分肉が液状化してるんだよ。

 戦場もさんざん経験して、死体なんか飽きるほどに見てきた僕から見ても、かな~~~~り控えめに言ってもおぞましい。

 どう考えても尋常じゃない。神とか悪魔とか、そんなワケわからん存在だとしても、尋常じゃなさすぎる。

 あの虹色の悪意に満ちた何かだけでも充分訳が分からなかったけど、こちらは更に上を行く訳の分からなさだ。


 今日が深夜番で本っっ当に良かった。

 今夜は絶対に眠れない。


 何が怖いってアレは間違いなく善良だ。完全に腐ってる(物理)のに。

 そしてなぜか本気で僕を助けてくれるつもりでものすごく張り切っている。それも善意百パーセントで。

 なんかもう、色んな意味で人間の理解を超越した訳の分からないソレに出くわして、僕の脳は理解を放棄して気を失ったんだ。


 ……うん、思い出して良かったような悪かったような……??


 とりあえず、あの虹色の気持ち悪い何かが『黒幕』なのは間違いないだろう。

 僕たちが考えていたようなわかりやすい国家転覆の陰謀とかよりも、もっと人間にはわかりにくい何かのためにこの国を引っ掻き回したいような気がする。


 たぶん、僕たちが思っていたよりもはるかに厄介で訳が分からなくて……そして幼稚で単純な相手が今回の『敵』だ。

 残念ながら僕の頭ではアレを理解することが難しい。


 だから、できるだけ見たままを上司や先生たちに伝えて、誰か知識と理解力のある人の協力を仰ごう。ついでにあの死体?(仮)のことも。


 訳の分からないモノの善意ほど怖いものはない。

だってそれが人間の考える「善意」と同じである保障ってどこにもないよね……?

 あの死体?(仮)はいったい何なんだろう。怖くて眠れないのが今夜だけだと良いのだけれど。


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※わかる人だけわかるネタバレ。

首吊りゾンビ女神の声のイメージは大竹みゆさんです。

ふんわりふわふわ、どこか気品がある癒し系なんだけど芯の通った感じ。

殺意に満ちているかどうかはまだ内緒ですw

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