ピンク頭と公子の証言

 アルティストはあれから一言も口をきかないまま連隊本部まで到着してしまった。うつむいたまま馬車を降りた彼は、出迎えたエサドに促されるまま取調室に入る。


「それでは公子、先週の木曜日の夜七時ごろ、商業港でオタネス商会の使用人に荷運びを依頼するよう命じた時の事をお話しください」


「知らん。その日は学校からまっすぐ帰ってきて翌朝まで屋敷にいた」


 場所を変えて虚勢が復活したのか、アルティストがふてくされたように言い放った言葉に僕とエサドは目配せしあう。


「おかしいですね。その日公子は供も連れずに遅くまでお出かけだったと公爵家のご家族や使用人たちから証言をいただいておりますが。帰宅されたのは午後九時近かったと」


 表情を変えずに淡々と言うエサドにアルティストは尊大に怒鳴りつける。彼が平民だと思って蔑んでいるのだろう。


「やかましい。俺が知らんと言ったら誰がなんと言おうと知らんのだ。お前ら誰に口をきいていると思っているんだ!?」


「アハシュロス公爵家の養子であるアルティスト公子ですね。それが何か?」


 今度は僕が呆れを隠さず言い捨てると、やはり必死で虚勢を張っているだけだったのか、アルティストの目が泳ぎだした。


「それが何かって……筆頭公爵家の継嗣けいしにそんな態度が赦されると……」


「そしてあなたは国家反逆罪の容疑者です。爆破計画への関与はこれから調べることになりますが、故意に王族を狙ったテロ事件の捜査を妨害していたわけですから、全くの無罪放免になる可能性は低いですよ」


 性懲りもなく身分を持ち出して優位に立とうとするのを遮り、彼のおかれている立場を淡々と告げる。


「……なっ……」


「公爵家は最初から捜査への協力を快諾して下さったのだから、公爵閣下のご指示に従っていれば、事情聴取だって公爵邸でご家族の立会いの下におこなうことだってできたんです。もちろん疑いをかけられることもなかったでしょう。こちらで取り調べを受けることになったのも、容疑がかかっているのも、全て自業自得です」


「……」


 まさか本当に犯罪者扱いされると思っていなかったのだろう。自らの非を理詰めで述べられ、アルティストはとうとう口ごもってしまった。

 せかしても仕方がないので控えていたエサドの弟子に合図してお茶を入れてきてもらう。蜂蜜を少しだけ垂らしたカモミールとミントのお茶は温かく優しい甘みで、ささくれだった心をそっとほぐしてくれた。


「それで、あの日港で何があったんです?」


 アルティストがほぅっと息をついて肩の力を抜くのを確認してから、いつもの口調に戻してできるだけ穏やかな声で問うと、彼は普段の傲岸ごうがんな態度が嘘のようなぼそぼそと細い声で、ぽつりぽつりと事情を語り出した。


「エステルがお前と二人だけで出かけると聞いて……」


「うん」


「いつもエステルが誘ってやっても仕事優先で付き合いの悪いお前が特別扱いされるのが赦せなくて、むしゃくしゃして街に出かけて……」


「あらら、後をつけたの?」


「いや、お前たちは馬車だから追いつくことができなくて……エステルと行ったことのある店をあてもなくめぐっていた」


 そ……それは想像するとちょっと怖いかも。というか、公子ともあろうものが徒歩で供も連れずに街をうろつかないで。


「なるほど。それで……? オタネス商会で伺った話では、貴方が使用人とおぼしき女性を連れて声をかけてきたそうですが、公爵家ではその日あなたに同行していた使用人はいなかったそうですね」


「……使用人らしき女だと……??」


 アルティストの眉が怪訝そうにひそめられる。どうやら思い出せないらしい。

 なるほど、認識阻害魔法科何かで思い出せなくされているのかも知れないな。

 ということは、質問を変えてみるか。


「思い出せないならば構いません。それより、お持ち込みになった荷物はどこで手に入れたのです?」


「荷物……そう、エステルの好きな店を巡っているうちに声をかけられて……

 彼女にどうしても必要だからと、時間と場所を指定して我が家と懇ろの商会に命じて届けさせることにしたんだ」


 懸命に思い出そうとしているのだろう、訥々とつとつとした語り方だ。

 眉根を寄せて視線を宙に漂わせながら、まるで意識にのぼる言葉を一つ一つ口にしているよう。


「声をかけてきたのは誰ですか?男性?それとも女性?」


「女……だったと思う」


 自信なさげに言葉を絞り出すアルティストに、無理に考えこませないように次々と質問していく。認識阻害魔法をかけられているのであれば、思い出そうと考えこむほど肝心な情報を認識できなくなるはずだ。


「そういえば何か買うつもりだったんですか?靴?アクセサリー?

 ドレスはこの前買ったばかりでしたよね?」


 さらに話題を変えてみる。「不審な女に声をかけられた場所」を思い出そうとしても思い出せないだろうが、「自分がその日に買おうと思っていたもの」ならば直接は関係ないから思い出せるかもしれない。


「いや、文房具だ。エステルがまたペンが壊れたと言っていたから、前から欲しがっていた宝石つきの万年筆を買おうと思ったんだ」


「なるほど、それでは月虹亭にいらっしゃったんですね」


「ああ、そういえばそんな名前だったな。レースとリボンで飾られたエステルのお気に入りの店だ」


 なるほど。彼女があやしい「蜜」を購入したのもおそらくあの店だ。どこかに隠し扉か転移の魔法陣のようなものがあるのだろう。


「荷物はかなり重かったようですが、誰が運んだんですか?まさかあなた自身ではありませんよね?」


「ああ、それは月虹亭の主人が運んだ」


 こともなげに言うアルティストに、僕はようやく事の核心に触れられたと内心ほくそ笑んだ。

 おそらく認識阻害魔法がかけられている情報は「アルティストに荷を運ぶよう依頼した人物」についてだ。だからその人物と直接は関係のない「荷物そのもの」は認識阻害魔法の対象外なのだ。

 したがって、不審な女性について訊いても何も思い出せなくても、荷物自体について尋ねれば意外に色々と話してくれるはずだ。


「つまり、あなたは月虹亭で主人の女性にエステルのためだと頼まれ、彼女と一緒に荷物を運ぶようにオタネス商会の使用人に依頼したのですね?」


 情報を整理して念を押すと、アルティストは不安そうに首をかしげながら「そうだっただろうか……」と唸っている。やはり不審人物自身が出てくると認識阻害が働くようだ。


「質問を変えますね。

 荷物はエステルが必要としているから送ってほしいと依頼されたからオタネス商会に持ち込んだ。貴方はその時月虹亭で彼女へのプレゼントを選んでいた。

 そして荷物は月虹亭の主人が運んだ。

 間違いありませんね」


「そうだな。……おかしいな。一つ一つは言われた通りなのに、こうして並べられるとその通りだったかあやふやになってくる」


「仕方ありません、そういう魔法をかけれているようですので」


 いずれにせよ、あの月虹亭の女主人があやしいのは間違いない。

 監視の目を強めつつ、僕も後で様子を見に行ってみよう。

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