ピンク頭と甘ったれ坊や

「貴様……っ、こんな真似をしてただですむと思うなよっ」


 僕に押し込められた馬車の中、アルティストが絞り出すような声で悔し気に言った。


「ええ、ただでは済まないでしょうね、あなたが」


「何っ!?」


 目をむくアルティストに淡々と事実をつきつける。


「公爵閣下は警邏からの捜査協力依頼があった時にその場で協力を快諾して下さったんです。そしてお約束の時間に捜査員がうかがったところ、あなたはクセルクセス殿下と出かけてしまってどこにいるかもわからない状態だった。

 その時は殿下が強引に誘ったのだろうと大目に見る事になりましたが、その後もお約束の日時を間違えたり、殿下と出かけていたり。

 あまりのことに閣下が問いただされると、『最初から捜査に協力する気などなくて、とことん振り回してわらってやるつもりだった』と答えたそうですね」


「何が悪い。下賤な警邏けいらごとき……」


「その行為を公務執行妨害と呼びます。れっきとした犯罪です」


 ふんぞり返って自己正当化をはかろうとしたアルティストに最後まで言わせず、ぴしゃりと言い切ると彼は屈辱と興奮で真っ赤になった。


「貴様……よりによって筆頭公爵家の継嗣けいしを犯罪者呼ばわりするとは……」


「その筆頭公爵家の継嗣けいしでいられるのもあとどれくらいでしょうね?

 入学後、殿下の取り巻きになったのをいいことに調子に乗って、さんざん問題を起こしては閣下に尻拭いのために奔走させ、成績はいつも下から数えた方が早い。こんな事で領地経営や公務がつとまるとは思えません。もっと血は薄くても優秀な親族はいくらでもいるでしょう?」


 僕にしては珍しく、完全に表情を消して冷ややかに言うと、さすがに普段とは違うと気付いたのか、アルティストは紅潮していた顔を蒼褪あおざめさせた。


「言うに事を欠いて……」


「君、いつも言ってたよね? 自分は本当は偉大な音楽家になるべき人間なのに、公爵家が権力を振りかざして無理やり継嗣けいしにして家に縛り付けたって。

 それじゃ訊くけど、君は偉大な音楽家になるための努力を何かしてるの? 具体的な弟子入り先とか、一人前になるまでどんな生活をしているかとか、ちゃんと考えた事ある?」


 脂汗を浮かべおびえたように言う彼に、今度は口調だけいつもの調子に戻して訊いてみた。

 いつもいつも家や家族に対して言いたい放題だった彼に、一度は訊いてみたかったんだ。文句ばっかり言ってるけど、それじゃ君は自分の希望をかなえるために少しでも何かしてみたのかって。


「そんな事……俺は継嗣なんだから絶対無理だ。考えるだけ無駄だろう」


「だったら自分を『偉大な音楽家になるべき』だなんて言わなきゃいいでしょ。なる気がないんだから」


 ぼそぼそ言い訳しているけれど、一度でも本気で考えたことがあるなら、その職業になるためにはどんな道筋があるのか、何をしなければならないのか具体的に考えたり調べたりしたことがあるはずじゃないの?


「だから、それは家に縛り付けられて……自分の好きな道を選んで、家とは関係なしに好き勝手に生きているお前に何がわかる!?」


「そりゃわからないよ。僕は子供の頃から『成人したら家の後ろ盾がなくなるから早く自立しなきゃ』って思ってて、『自分に何ができるか』、その中で『何をしたいのか』いつも考えてたもの。そのためには何をしなきゃいけないかも。文句を言うだけ言ってるけど、結局は家が守ってくれるとたかをくくって何もしないでいる君が、何をどう考えてるかなんてわかる訳ないだろ」


 僕は七歳の時には家を出たら騎士として身を立てる事を考えて、家と縁の深い騎士団で少しずつ修練を積ませていただいていた。十歳の時に、色々な方からお話を聞いて憧れていた師に伝手つてを頼って弟子入りした。彼はただ武力を用いて敵を退けたり人を守るだけではなく、極めて貴重な治癒や精神操作の魔法を用いて心身の病を治せる人だったから。


 修業はとても大変だったし、師匠もいろいろな問題もある人だったので本来なら味わわなくても良い辛酸しんさんをなめる羽目にもなった。あの頃に負った心の傷は死ぬまで癒えることはないだろう。

 それでも、そこから得た知識と技能と実績は、他の誰のものでもない僕自身の実力だ。


 ただ「なりたい」と言っているだけで何もしていない、何をすべきか考えたこともないアルティストの気持ちなんか、わかってたまるものか。


「君だって、七歳でいつかは家から出なければならないと訓練を始めて、十歳で実際に家を出て努力と実績を重ねて、十三で正騎士として自立した僕の気持ちなんか、欠片もわからないんじゃない? そもそもわかろうとする気もないでしょ?」


 彼が黙っているのでたたみかけると、彼は気まずそうにうつむいたまま小さな声でぼそぼそと言った。


「だって俺は家に縛られてて……それでもエステルは夢を捨てなくてもいいって……」


「もし夢を追い続けるならそのために行動を起こさなきゃ。行動を起こすためには何をすればいいのかきちんと調べなくちゃ。他の誰でもなく、君自身の問題なんだから。逆に諦めるなら諦めるでどんな生き方をするのか、そのために何が必要なのか考えなきゃいけないよね? エステルは君に夢を捨てなくていいと言ったそうだけどそれって自分で決める事じゃないの? 彼女のせいにするのは卑怯だよ」


 この期に及んでまだ言ってるだけなんだな。少し呆れたものだから、つい厳しい事を言ってしまった。


「自由気ままに生きているお前に好き勝手言われる覚えはない」


「自由気まま? ふざけないでよ。ここまで来るまでに何の苦労もしてないとでも思った? 何度も死にそうになったし、いっそ死んだ方がましって経験もさんざんしてきたよ」


 一気に言い募ると、アルティストは気まずそうに眼を逸らそうとする。


「それは……その……」


「今だって軍人として、騎士爵を持つ者として、義務も責任もあるし守らねばならない規則も多い。学生という気楽な身分に甘えて、家の名前をかさにきて、義務は果たさず責任も取らずにやりたい放題の君に比べれば、よほど制約が多いんじゃない?」


 ぼそぼそと拗ねたように言われた言葉についかちんと来る。

 まるで人が何の苦労も努力もしてこなかったかのように言うが、自分こそ色々なものに甘ったれて何の責任も持たずに好き勝手生きているじゃないか。


「貴様になにがわかると言うんだっ!?」


「うん、わからないよ。僕はとっくに家を出て自分の力と責任で生きている自立した帯剣貴族だ。生きて行くべき場所だって、自分で見つけて自分で作って来た。家に甘え学校に甘え殿下の寵愛に甘え、自分では何一つ責任を持たずに好き勝手に生きている、甘ったれのお坊ちゃんの気持ちなんて欠片もわからない。わかりたくもない」


 いたたまれなかったのだろう。ついにヒステリックにわめいた彼に僕は冷たく言い放った。


 アルティストは怒鳴ればいつも通りに僕が笑って謝ってその場がおさまると思っていたのだろう。

 思いもかけない突き放した言葉に目を大きくみはって息を飲むと、またうつむいて黙ってしまった。


 これで少しは自分の言動を省みてくれると良いのだけれども。

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