ピンク頭と大脱走?

 お昼はコニーと一緒にパラクセノス先生の研究室で弁当を頂いた。

 一人で食べているとエステルが突撃してくるので怖いのだそうだ。まぁ、気持ちはわからなくもない。


 彼女はとても十八歳とは思えないほど幼くて短絡的だ。だから簡単に操れると犯罪者に目をつけられたのだろう。

 組織犯罪や破壊工作員が子供を洗脳して捨て駒にすることは珍しくない。洗脳の過程で薬物を使うことも。

 エステルも薬漬けにされ作り上げられた駒の一つなのだろう。

 彼女自身の性格的な問題もあるとはいえ、なんとも哀れなことだ。


「エステルもなぜかお前がいると寄ってこないからな。しばらく虫よけになってもらうぞ」


「随分な言い方だね。でも、最近避けられてるのはありがたいよ。おかげで勉強にも任務にも集中できる」


「俺は付きまとわれて大迷惑だがな」


 先生がフラスコで淹れてくださった香草茶をビーカーで頂きながら話をしていると、先生が嘆息たんそくしながらおっしゃった。


「だいたい魔法のまの字もわからん奴がいきなり高度な魔法を使いこなせるわけなかろう?あまりしつこいから簡単な魔法だけでもと基本的な魔法理論を教えようとしたら、そんなものはいらんと騒ぐし」


「それは大変でしたね」


 なるほど。彼女は本気で治癒魔法が使えるようになりたいのではなく、治癒魔法が使える事で得られる名声だけが欲しいから、基礎的な魔法の勉強なんかしたくないんだね。


「そもそも、治癒魔法なんてどんな機序で発動しているか俺はよく知らんのだ。そんなもの人に教えられると思うか?」


 仰せごもっとも。先生もだいぶ参ってるね。


 そんなこんなで先生のボヤキを聞きながら魔法理論のお話を伺ったりして昼休みを平和に過ごし、あっという間に放課後になった。

 さっさとタイをクラヴァットにつけ替えて、ジャケットを勤務服のものに替えれば軍服にお着換え完了。あとはベルトと剣帯をつけるだけ。


 気が重いけどアルティストを迎えに行くかと自分に気合を入れていると、凄まじい勢いでラハム侯爵令息がやって来た。

 ずかずかと政経科の教室に入り込んできたかと思うと、いきなり僕の胸倉をつかみあげる。いくら小柄とはいえ、無抵抗で掴まれた僕の足が浮くくらいには片手で持ち上げているのだからたいしたものだ。


「貴様どういうつもりだ!? アルティスト公子に反逆罪の疑いだとっ!?」


「はい。卒業記念パーティーで爆破テロが計画されているとの情報があり、不審な爆薬の材料の取引を調べたところ公子の関与が判明しました」


「やかましい!! 貴様ごときが筆頭公爵家の継嗣であり王太子クセルクセス殿下の腹心のアルティスト公子にそのような疑いをかけるなど、赦されると思っているのか!?」


 ああもう、色々と勘違いしまくってるみたい。

 僕はげんなりしながら、僕をつかみあげているラハム令息の手をそっと握った。そのまま一気に親指を間接と逆方向に脱臼一歩手前のところまで曲げてやる。


「ぐぁっ!?」


 まさか反撃されると思わなかったのだろうか?ラハム令息は大げさな悲鳴を上げると僕を放り出し、自分の手をおさえた。

 みっともない。腱を傷めないように充分手加減しているし、大して痛くない筈なのにいつまで騒いでいるんだろう。

 それ以上相手にするのも馬鹿馬鹿しいので、僕は態勢を崩すことなく着地するとさっさと荷物を持って仕事に向かうことにした。


「待て、貴様卑怯だぞ!!」


「いきなり教室に入り込んで他人の胸倉をつかみ上げては一方的に怒鳴る人は卑怯ではないのですか?

 私は任務がありますのでこれで失礼」


 背後からわめかれたけど、「相手にするだけ時間の無駄」と思っているのがあえて伝わるような態度でさっさと教室を後にした。


 教養科に急ぐと、ちょうどアルティストがクセルクセス殿下と逃げるように教室から出てきたところだ。

 なるほど、アマストーレ嬢と一緒の馬車だとそのまま連隊本部に連れていかれてしまうから、殿下に逃がしてくれと泣きついたようだ。

 さっきのラハム君は逃げるまでの時間稼ぎか。なんともせせこましい。

 しかも、そこまでしたのに帰り支度をモタモタしていたから間に合わなかったと。実にしまらない話である。

 そんな事をすれば今度こそ問答無用で身柄を拘束されるとなぜわからないのか? 最初から素直に事情聴取に応じていれば、疑いをかけられることもなかったのに。


「アハシュロス公子、お約束ですのでお迎えにあがりました」


 僕は彼らが逃げようとしていた事に気付かなかったていを装いお仕事用の笑顔で丁寧に言った。


「二度と顔を見せるなと言ったはずだ。お前など爵位剥奪の上、軍から……いやこの王都から追放だっ!!」


 ヒステリックに殿下が喚くので、のんびりと帰り支度をしていた教養科の学生たちが目を丸くしてこちらに注目する。


「私は殿下にお目通りに参ったわけではありません。公務の邪魔ですのでそこをお退きください」


 僕は殿下の目を真っすぐに見ながらきっぱりと言い切る。

 軍務で鍛えた、決して大きくないが戦場の喧騒の中でもよく通る声だ。フロア中に響いただろう。


「何だと! 貴様は誰に向かって……」


「クセルクセス・トスカ・アルディエイ殿下。あなたには軍の人事にも捜査にも口を出す権限はございません」


「なにっ」


「現在、私はとある王族殺害計画の捜査にあたっており、故意に妨害する者があった場合、たとえ王族でも排除する権限を国王陛下より賜っております。これ以上公務執行を妨害されるのであれば、それなりの対処を取らせていただきますがいかがなさいますか?」


 逆上して耳障りな声でわめきたてる殿下をぴしゃりと遮って、彼に僕の捜査を妨げる権限も、勝手に人事をどうこうする権限もないことを告げる。

 常にその場の思い付きと感情で行動している殿下は彼の大声や癇癪かんしゃくに動じず理詰めで言い切られることに弱い。


「そ……そんな馬鹿な話が……っ」


 顔を引きつらせながら叫ぶ殿下。


「こちらに命令書と国王陛下からの宣旨がございます。ご覧になりますか?」


「そんなもの、捏造に決まって……」


「そうお考えなら正規の手続きを踏んで抗議されれば良いでしょう。それ以前に、陛下……お父上に直接お尋ねになれば事の真偽は明らかになりましょうが」


 焦りと屈辱に裏返った声でまともに言葉が出ない殿下と、冷静に筋を通してはきはきと物を言う僕。見ている他の生徒たちがどう思うかは一目瞭然だ。


「早く王宮に戻って陛下に確かめてはいかがですか?貴方が軍の人事や捜査に口を挟む権限があるかどうか。私が捜査を妨害する者を排除する権限を与えられているかどうか。それでは本官は事情聴取がありますのでこれで。行きますよ、アハシュロス公子」


 殿下がまともに答えられずにいる間に僕はアルティストを促して馬車停に急ぐ。

 僕一人ならば歩いた方が早いくらいの距離だが、アルティストがいるなら仕方がない。

 実家から出してもらった馬車に彼を押し込むように乗せて、連隊本部へと急ぐのだった。

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