ピンク頭とワガママ公子
連隊本部に戻って勤務服に着替えると、すぐに小隊事務所に顔を出す。
今日も夕方の訓練の後にエサドと港周辺の巡回だ。訓練まで中途半端に時間があるので、今のうちに夜勤の日誌に目を通してしまおう。
「おう、今日は早かったな。例の自称ヒロイン様には捕まらなかったのか?」
あらかた目を通したところで小隊長に声をかけられた。
「はい、おかげさまで平和な学園生活を満喫しています」
「王太子殿下のワガママにはいつも参っていたが、今回ばかりはありがたいな。
なんだかんだと口実をつけてお前をよこせとうるさかった近衛が、この間のアレ以来何も言ってこなくなったぞ」
僕が使う治癒魔法は自分の生命力と引き換えに発動する。あまり気軽に使えるものではないのだが、現代の医療では手の施しようがない病気や怪我も治せる可能性があるため、国王陛下は僕を好きに使える手駒にしたがっている。
色々な理由をこじつけて無理にでも僕をクセルクセス殿下の側近にしようとしたのもそのためだ。
にもかかわらず、殿下は自分の言動を諌められるのが嫌だからと僕を遠ざけるために様々な嫌がらせを仕掛けてきた。挙句の果てに今回の追放宣言だ。
さすがの陛下もあまり強いことが言えなくなったので、小隊長としては肩の荷が下りたようだ。
僕には詳しく知らされていないけれども、温厚で忍耐強い小隊長ですら辟易とするほど無理難題をふっかけられていたらしい。
それだけ僕が便利に使い潰されて生命を縮めずに済むよう手を尽くして下さっていたのだと思うと、ありがたいと同時に申し訳なくもなる。
それにしても、自分に課せられた義務も許された権限もまるで理解していない殿下はともかく、陛下までもがむやみに軍に口出ししたがるのはいかがなものだろうか。
今はどこの軍も王家に絶対服従を誓ってどんな無理難題にも無条件で従うような時代ではない。そうやって現場を無視して口を出しすぎて、軍との間がぎくしゃくすると、国防自体がままならなくなるんだけど。
そんなことをぼんやり考えていると、「それはさておき」と小隊長が話題を変えた。
「アハシュロス公子だが、公爵閣下がお口添え下さっているにもかかわらず、協力を拒否したり、約束の日時に逃げ出してすっぽかしたり……
これ以上証言を拒むようなら、王族への暗殺未遂と捜査妨害の容疑で逮捕状を取ると伝えてくれないか?」
「それは厄介ですね。
お伝えするのは構いませんが、クセルクス殿下に顔を見せるなって言われてるんですよね。また何か騒がれて余計な騒ぎになりかねません」
「そうなったらなったでその騒ぎを利用させてもらうさ。
とにかくあちらの都合に合わせるのももう限界だ。王族の出席する公式行事で爆破テロが計画されてるんだ。当主の許可は出ているんだから大っぴらにやってこい」
なるほど、そういう事か。
公爵閣下は捜査に協力的だが、アルティストが言を左右にして逃げてばかりでご当主が言い聞かせても聞く耳持たず。
これでは家に対して逮捕状云々の話をしても、本人はしらばっくれるだけだろう。そうしていれば公爵家の
だから、他の生徒たちの目がある学園で、彼の身勝手のせいで捜査が滞っていて結果的に自分たちの生命が危険にさらされる可能性があると知らしめるつもりなのだ。
もし公爵家から抗議があったとしても、ことは王族が出席する公式行事での爆破テロだ。しかも公爵家は捜査への協力を約束していながらアルティスト個人のワガママのせいでそれを
他の家からの抗議が相次げば、いくら筆頭公爵家と言えども無視はできない。アルティストの首根っこをつかまえてでも捜査に協力させるだろう。
「かしこまりました。どうなるかわかりませんが、明日お伝えしてきます」
翌日、あえて軍服のまま登校してすぐに教養科の教室に向かった。殿下はいつも遅刻ギリギリに来るから、まだ教室にはいないはず。逆にアルティストはアマストーレ嬢とご一緒に来るならかなり早めに登校する。
「アハシュロス公子アルティスト様はいらっしゃいますか?」
いつもよりもよそ行きの態度を意識してアルティストを呼ぶ。見慣れぬ軍服姿に生徒たちの視線がつきささるが気にしない。
「朝っぱらから何の用だ。二度と顔を見せるなと殿下に言われただろう」
尊大な態度で不愉快そうに言い放つアルティスト。大嫌いな僕の顔を見たくないのはわかるけど、僕だって仕事じゃなければ君とは顔を合わせたくないよ。
「おはようございます。先日から証言をお願いしている件について、お約束の日にいらっしゃらないなど証言を拒んでおられるせいで捜査が滞っております」
「そんなものは知るか。捜査が滞っているのはお前らが無能だからだろうっ!!」
ふんぞり返りながらわめくアルティスト。やましいことがある犯罪者にありがちな反応でつい笑ってしまいそうになる。
周囲の生徒たちが耳をそばだてているのがわからないのだろうか。
「今回の捜査内容は、王族が出席予定の卒業記念パーティーにおける爆破テロで。公子は意図的に証言を拒み捜査を妨害しておられるため、犯人と共謀して王族の殺害を企てているとの容疑がかかっております。
これ以上の妨害があるならば国家反逆罪の疑いで逮捕状を請求する事となっています。これは公爵閣下にもご同意いただいた上でのこと。
なお、公爵家にも正式にお知らせしてございますが、閣下から公子にお話しいただいてもまともにお聞きにならないとの事でしたので、確実にお目にかかれるこちらでお知らせした次第です。
申し開きがあるなら本日の放課後に本官がお迎えに伺いますので、第二騎兵連隊本部までお越しください」
お仕事用の堅苦しい口調で用件を一気に言い切った。
もちろん、何故こんなに人目につく学校でこのような家の恥になりかねない事をしなければならなかったのかも伝える事は忘れない。
「な……なんだと!?この俺が誰だと……」
「公爵閣下のご了解をいただいていると申し上げました。これが最後のチャンスですよ?それでは始業前のお忙しい時間に失礼しました」
案の定、アルティストが何かわめこうとしたが、ぴしゃりと遮ってさっさと踵を返した。
自分は筆頭公爵家の継嗣だから何をしても許されると奢っているようだけど、今の君は公的に犯罪者予備軍と目されているんだ。
いつまでもふんぞり返っていられると思わないでいただきたいな。
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