ピンク頭と騎士科の首席
オタネス商会で聞き込みをしてから数日、エステルには特に変わった動きはなく、僕は平穏な日々に感謝していた。
もちろん、その間に捜査が全く進まないなんてことは全くなくて、
アハシュロス公爵家への捜査協力のお願いも、ご当主には快諾していただけたんだけど、アルティスト本人が言を左右してなかなか日時の約束ができずにいる。
エステルはむやみに僕にちょっかいをかけてくることはなくなったんだけど、代わりに先生とコニーがまとわりつかれて大変らしい。
先生は「治癒魔法を使えるようにしろ」と再三せっつかれ、「自分には使えないし教えられない。そもそも魔法を使えないエステルに使えるようにはならない」と何度説明しても理解しないと嘆いておられた。
ここ数日は彼女の顔を見るのも嫌になってきたそうだ。
コニーもおねだりやお誘いやが多くて
昨日なんか「
さすがに未婚の令嬢が未婚の男性と二人きりで行って良い場所じゃない。贅沢すぎるし、何よりベッドに誘う気なのが見え透いている。
もちろんコニーもはっきり断ったんだけど、「あたしを尊重してない」と大泣きされて大変だったそうだ。
結局、どこから聞きつけたのかクセルクセス殿下がいつものメンバーで連れて行くことになったらしい。……どんな事になるのかわかったもんじゃないから、上に報告はあげておいた。
さすがに影ながら近衛から護衛がつくはずだし、彼らの目があれば
殿下はついに僕が校内で護衛として付くことをはっきり拒否してきた。
本音を言えば彼らと関らずにすむはありがたいけれども、一応僕がここに通う条件として学内では殿下の護衛を果たすこととされていたので、学園長と上司に報告する。
その際、殿下が僕に対して今後近付くことを禁ずると明言し、それに追従するように他の二人が罵詈雑言を並べている動画を提出しておいた。
「次に顔を見せたら爵位を剥奪して軍から追放する!」
なんて殿下が僕に言ってるところも映ってたたもんだから、学園長も無理に関係を修復しろとは言えないようだ。
「殿下に爵位や軍の人事に口を出す権限なんて全くないのに」
さしもの学園長も呆れかえっていた。
それもそうだろう。追放なんてして爵位も軍籍もなくなった僕が、身軽になったとばかりに本気で出奔しまえば、貴重な治癒術者を抱え込みたい王家にとってはかえって損になる。
正直、「授業や原隊の任務を最優先する」と言う約束がほとんど守られず、殿下の気紛れに付き合わされる五年間だったので、これで学業や任務に専念できるのは本当にありがたい。
その代わり、騎士科の首席である軍閥貴族のラハム侯爵家の三男坊のウェルネストが殿下たち付き従うようになった。
彼は近衛に入る気のない僕が殿下の護衛を任じられたのが気に入らないらしく、入学以来なにかと僕につっかかってきた。自分がお傍に侍れるようになった今はいよいよ僕への敵意を隠さなくなっている。
今日も放課後に校舎裏を抜けて連隊本部に戻ろうとしたら、仁王立ちの彼に出くわしてしまった。そう言えば、騎士科の校舎と寮はこのすぐ近くだったな。
「何かご用ですか?ラハム侯爵令息」
今日も夕方の巡回があるから急いで戻りたいんだけど。
短く刈り込まれた赤っぽい金髪鮮やかな蒼い瞳。恰幅の良い長身の、見た目だけなら絵に描いたような『たくましくて強そうな騎士』である。
「何か用か、ではないだろう!殿下を放っていったいどこに行くつもりだ!?」
「殿下なら僕に二度と顔を見せるなとおっしゃいました。本来の任務もございますし、お言葉を無視してお傍に侍るのはどうかと」
面倒だと思いながらしぶしぶ答えると、案の定ラハム令息が逆上した。
「不興を買ったなら誠心誠意お詫びしてお許しを請うのが騎士の道だろ! そもそもお前はやれ任務だ学業だと、殿下よりもそちらを優先して……そんな事だから不興を買うのだ!」
言いたい事はわからなくもないけど、そもそも側近候補になること自体、僕は同意していない。
貴重な治癒魔法の使い手である僕を何が何でも側近にしたいと王家からしつこく請われ、仕方なく「学業と原隊の任務を最優先にする」という条件で学内の護衛を引き受ける羽目になった。
不興を買って閑職に追いやられても僕自身は痛くも痒くもないし、僕は国に対して忠誠は誓っていても王太子個人に忠誠を誓った覚えは全くない。
それに、殿下はおそらく薬物中毒で正常な判断力を失っている。
さすがに明かすわけにはいかないが、殿下のご機嫌取りよりも薬物と爆弾の捜査を優先すべしという辞令があるので、彼に咎められるいわれはない。
「お言葉ですが、殿下からお叱りいただいた旨は学園長や上司に報告済みで、このまま学業と原隊の業務に専念せよとの辞令をいただいております」
僕よりも頭一つ半は長身の彼をまっすぐに見上げてきっぱりと言い切った。
「何が業務だ。チャラチャラ着飾りおって。」
彼が苛立ち交じりに僕の全身を見回した。ああ、面倒くさい。
「僕の服装がお気に召さないようで申し訳ありませんが、これも職務を全うするためですのでご理解いただけますと幸いです」
「なに!?」
僕としてはお洒落のためにこんな格好している訳ではない。
腰まである長い髪は戦闘時は首まわりの保護にもなるし、魔法の触媒にしたり、簡易護符を作ったりと使い道が多い。もちろん編み込んでいる紐は簡単な護符になっていて、急所である首まわりへの矢弾や攻撃魔法をわずかに逸らしてくれる。
耳にいくつも色やデザイン違いのピアスをしているのも全て魔道具だ。小さな魔石を魔術回路を彫った銀細工に組み込んであり、少し魔力を流すだけで簡単な術が発動するようにしてある。
袖口のカフスや服の中につけているブレスレットやペンダントもみんな同様の護符か魔道具だ。
「ふざけた事を言うな。そんななりが物の役に立つわけなかろう。
だいたい、近衛騎士でもないのに正騎士の肩書だけで殿下のお側に侍ろうとはおこがましい」
これについては完全同意。
「はい。貴殿のおっしゃる通り、治安維持が本分の僕では護衛役として心もとないので、殿下の側仕えは近衛や近衛候補の皆さんの方がふさわしいかと。
騎士科は近衛志望者も多いですし、要人警護の実習を兼ねて授業中の護衛につけるよう、学園長にかけあってみては?」
お仕事用の笑顔で丁寧に返すと、自分の意見を肯定されると思っていなかったようで鼻白んだように押し黙られた。
ちょうど良いので、彼の脇をすり抜けるようにして連隊本部に向かう。
さて、早く巡回に行かなくっちゃ。
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