ピンク頭と関係者の証言

「ただいま戻りました」


 ちょうど話に出た使用人が戻ってきたようだ。

 年のころは十四、五歳だろうか?いかにも生真面目そうな素朴な少年はブレラと名乗った。


「お前、昨日の夜七時ごろに港でサボンさんに荷運びを頼まなかったか?」


「ああ、あれはアルティスト坊ちゃんに言われて。店を通してくださいって言ったんですけど、なんかいう事きかないと殺されそうな感じだったので仕方なく。

 店を通してないし、ちゃんと契約内容の書面もないから無理だって言ったんですが」


「なんだと!?いくらお得意様とはいえ、店の許可なく勝手な真似をするな」


 あっさり依頼したことを認めた少年に番頭さんは怒り心頭。まあ、わからなくもないんだけど、何かひっかかる。


「ねえ、アルティストに手配を命じられた時、なにか変な感じしなかった?いつものアルティストと話し方が違うとか」


「えっと……坊ちゃんが俺たちみたいな下働きに声をかける事自体いつもとものすごく違いますけど」


 たしかにアルティストは傲慢なところがあって、身分の低いものを見下す傾向がある。店主や番頭ならともかく、自分から下働きの子供に声をかけるなんて事はまずしないはずだ。

 むしろ煩わしそうな視線を送ってさっさと立ち去るように促すだろう。


「それでもお使いを命じられて不思議に思わなかったんだね?その時は」


「すいません。俺がちゃんとしてなくて」


「ごめんね、そういう意味じゃなくて。もしかして、いつもならおかしいって気付けるようなことも不思議に思わなかったんじゃないかな?そういう魔法を使う人がちょっとこの件に関わってるみたいだから」


 しょんぼりしていて詳しい話が訊けなくなりそうな使用人に慌ててフォローして、当時の状況を訊くことにした。

 ブレラは魔法と聞いて少し怯えた様子だったが、一つ一つの質問に丁寧に答えてくれた。


「それじゃ、アルティストの方から君に声をかけてきたんだね?荷物も彼が持って来た?」


「はい、使用人とおぼしき女性が持ってきました。今から考えるとそれなりに重そうだったのに、すごい力持ちだなって」


 あれ、港湾作業員で力仕事に慣れてる人たちが一人一箱ずつ持ってたよね。

 その女性、どれだけ力持ちなんだろう。

 ……魔術で強化していたと考えればおかしくないけれども。


「今から考えると?それじゃ、その時は気にならなかったんだね」


「はい、すみません」


 ブレラはしょんぼりしているが、おそらく普段ならすぐに疑問を覚えるようなものにもいっさい違和感を抱けなかったのだろう。認識阻害魔法をかけられていた可能性が高い。


「いや、それはとても大事な情報だよ。ありがとう。その女性がどんな容姿だったかわかる?髪や瞳の色とか服装とか」


「はい、えっと……あれ?」


 やはり思い出せないようだ。必死で首を捻って考えているが、考えれば考えるほどわからなくなっている様子。


「思い出せないんだね?」


「本当にすみません」


「いや、それはたぶん君のせいじゃないと思う」


「え?」


 大事な事なのに思い出せない、としょんぼりとしているブレラに「君のせいではない」と告げると不安げに僕を見下ろして来た。

 むぅ、僕の方がだいぶ身長が低い。どうでもいい事なんだけど、ちょっと様にならないな。


「思い出そうとすればするほど記憶があいまいになってくるんじゃない?今何を思い出そうとしているのかわかるかな?」


「え?えっと……あれ?何だっけ……すみません」


「大丈夫、それが手掛かりになるから。そういう魔法を使う人がいるんだ」


 不安げにおろおろとしているブレアに安心させるように微笑んだ。


「どういうことですか?」


「君が見たと言う、アルティストと一緒にいた女性は僕が探している魔法の使い手と同じである可能性が高いってこと。君がその女性のことを詳しく思い出せないのは彼女の魔法のせいだよ。無事でよかった」


「そんな……」


 危険な魔法の使い手に遭遇していたのだと知って蒼褪めるブレラ。

 うん、怖いよね。できるだけ早く見つけ出して市民の安全を確保しなくちゃ。


「アルティストに荷運びを発注するよう命じられた時、断らなきゃとか上の人に相談しなきゃとか思わなかった?」


「はい、最初はそう思って店を通して書面で依頼してくださいって言ったんですが、坊ちゃんがすごい剣幕で俺の命令が聞けないのか!!って怒鳴りつけてきて怖くなって……。

 いつの間にか頭の中が真っ白になってて、言う事を聞いてしまってたんです」


 怯えた顔でうなだれるブレラ。


「たしかにアルティストに命じられたのなら君も断るのは難しかっただろう。まして人間の精神を操る魔法の使い手がいたんだ。あまり自分を責めないで。

 でも次からはすぐに上の人に相談してね」


「はい」


 今のやりとりを聞いていた番頭さんも、彼が操られて命令を聞かされていたとわかったらしい。それ以上はブレラを責めるような事は言わなかった。


「ご協力ありがとうございました。おかげさまで重要な手掛かりが得られました。

 また何かお願いする事もあるかもしれませんので、その節はよろしくお願いします」


 記録を取っていたエサドが調書を片付けながら顔を上げた。

 これ以上は現時点でお話を伺っても新しい情報は得られないだろう。

 僕も彼と顔を見合わせて軽く頷きあうと、店の人たちにお礼を言ってオタネス商会を後にした。


 さて、次はアルティストに話を聞かなくちゃ。

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