ヒロインなあたしとしぶといあいつ
朝、セルセたちが登校して来てすぐに昨日のヴィゴーレから受けた侮辱のことを話した。
もちろん、一字一句そのまま言える訳はないから、「ヴィゴーレがあたしの事を将来の事をちゃんと考えてないって馬鹿にした」「重大な事を話しているのに信じてくれない」って、言われた事の一部だけ話して後は泣いて見せたんだ。
ヤツが最近あたしのことをまともに相手にしてないのは本当の事だから、セルセたちはすぐに信じてくれた。
「やっぱりあたしが元平民だから蔑んでるんだわっ」と涙を流せばみんな見事なまでにうろたえて、ヴィゴーレを詰めてやると先を争うように言ってくれたの。みんなあたしのために必死なんだから。
ざまあみろ。
セルセことクセルクセス王太子は長身金髪碧眼の絵に描いたような甘い美形の王子様。あたしの好みではないけれども、攻略対象者の中でもずばぬけてイケメンで、地位も高い。
立場にがんじがらめの人生に飽き飽きしていて、政略だけで決められた婚約者の悪役令嬢を心の底から嫌いぬいている。
だからさんざん持ち上げて一緒に悪役令嬢を悪く言えば「俺を理解してくれるのはお前だけだ」ってあたしに依存しちゃってあたしの言う事なら何でも信じてしまう。
悪役令嬢の義弟のアルティストは
財務大臣の息子のアッファーリは緑の髪と瞳の爽やかイケメン。やはりあたしの好みドストではないんだけど、センスも良いし気も利くので一緒にいてそれなりに楽しい。
優秀な父と比べられるのがコンプレックスで、「かくあるべし」を親や親せきから押し付けられるたびに息苦しく思っている。
だから「そのままの君が素敵」と認めてやると面白いように依存してくれるので、今ではすっかりあたしの言いなりだ。
この三人は何度もベッドを共にしているし、そろそろ攻略は完了したと思っていいだろう。
今ここにはいないけれども、インテリ眼鏡のコノシェンツァも誘ったら意外にあっさり乗って来た。
あいつに生徒会の仕事を全部任せてセルセたちと遊びに行っていても何も文句を言わないし、攻略できていると考えて良いはず。
一見堅物っぽい外見や言動に騙されたけど、案外チョロかった。
問題はマイヒャとヴィゴーレだ。
マイヒャはゲーム以上の魔術オタクで、研究さえしていれば満足という変人だった。ゲームではあたしが魔法に興味を持って色々教えてもらおうとすると心を開くはずなのに、やんわりと断られて研究室にすら入れてくれない。
ゲームの中だと親しくなってから人付き合いが苦手なことを相談されて、話し相手になるうちに攻略できるはずなんだけど……
幸いなことにファンの女生徒からの差し入れが後を絶たない奴だったから、月光の蜜をたっぷり入れたクッキーを差し入れて、食べた直後に個室茶屋に誘ったらうまくベッドに入ることができた。
これで一応攻略はできていると思うんだけど、その割には普段の反応が薄い。あたしへの愛よりも魔術への興味の方が強いみたい。
あんなオタクは好みじゃないけど、念のため何度か寝ておいた方が良いかもしれない。
そして一番厄介なのはヴィゴーレだ。
今まで何度か家や個室茶屋で二人きりになろうとしたのだけど、奥手なのか純情なのか、絶対に誘いに乗ろうとしない。
すぐに耳まで真っ赤になって「そんな誤解を招くような事はしたら危ないよ」なんてつまんない説教を並べてそそくさと帰ってしまう。あいつ絶対に童貞だ。
それどころか最近はあからさまにあたしに逆らうようになってきた。
極めつけは一昨日と昨日の態度だ。
あたしに平気で逆らうだけじゃなくて、あたしのことをヒロインじゃない、愛されてなんかいないと平気でほざきやがる。
ゆうべ脳筋にもわかるように丁寧に教えてやって、ようやくあたしが女神に選ばれた特別なヒロインだという事だけは理解できたようだけど、自分は攻略されないと喧嘩を売って来た。
そしてゲームがシナリオ通りに行かないのはなぜか、女神様に訊いてみればいいと言う。
でも、女神様に訊いてみるって、どうすればいいんだろう?
あの脳筋は「教会でお祈りしてみれば」と言ってたけど、このあたしがそんなダサい真似をするなんてあり得ない。
でも、他に方法も思いつかないし……とりあえず月虹亭に行って課金アイテムショップのクソババアにでも訊いてみればいいか。
それより早くヴィゴーレをセルセたちに詰めてもらって、もう逆らわないと誓わせてやらなくちゃ。あいつは騎士だから、王族に誓えと言われればさすがに逆らえないはず。
……それなのに、なんだかよくわからない「調査」とやらの話をして、あっさり反論されている。しかも、その「調査」の内容はあたしに聞かせたくないらしい。
わざとらしく声を潜めて、あたしの方をうかがいながら「聞こえてもいいんですか?」なんて言ってたり。
いったい何をコソコソしているんだろう?
その後、セルセはあたしに対する態度を謝罪して二度と裏切らないと誓うように言ってくれたんだけど、ヴィゴーレの奴はきっぱり断りやがった。
「それはできません。我々は国家に忠誠を誓っているのであって、一個人に誓う事は致しません。そして職務上、誰に対しても盲目的な信頼は置きません。それが治安の担い手たる我々警邏の誇りであり義務ですから」
真っすぐに前を見ながらそう胸を張って堂々と言い切ったヤツの姿は毅然として、見るからに「誇り高い騎士」そのものだった。
悪役令嬢とほとんど身長差のないチビのくせに。
女の子みたいな顔のくせに。
ベッドに誘えばすぐ真っ赤になる童貞のくせに。
何も言い返せなくなったセルセを後目に
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