ピンク頭と見込み捜査
その夜、エステルの騒動の後はとりたてて変わった事もなく、酔っ払いの喧嘩で港湾地区の飲み屋に一度呼ばれただけで夜勤は終わった。
引継ぎが済んだので、さっそくオタネス商会に向かって裏取りをしようと思ったら、カリトンに呼び止められた。
「ヴォーレ、授業までまだ時間があるだろう?今のうちに仮眠しとけよ」
「え~、寝てたら朝の訓練出られないよ」
「馬鹿、授業中に居眠りする気か?」
「訓練なら夕方参加すれば良かろう。間に合うように起こすからとりあえず寝ておけ」
「……はい」
結局、小隊長とエサドにまで代わる代わる諭されて、登校まで仮眠を取らされてしまった。みんなちょっと過保護じゃない?
「登校前に裏付け調査しておきたかったのに」
思わずぼやくと、オタネス商会への聞き取りは放課後エサドと一緒に行くことになった。
よく考えると今はちょうど船の入ってくる時間で、どこの商会も仕入れや市場の競りで忙しい。
もろもろの取引が一段落して落ち着いてお話を聞けるのが夕方。それを考えると放課後お邪魔するのが一番良いのかもしれない。
だったらみんなが言う通りに今はきちんと仮眠を取っておくべきか。
軽く仮眠を取り、小隊長に起こされた時にはもう登校時間になっていた。
うっかり勤務服のまま眠ってしまっていたので慌てて上着とパンツだけ制服のものに替え、シャツの襟を直してタイを結ぶ。アンダーシャツやコルセットはそのままだけど、外からは見えないから気にしない。
急いで登校すると、ちょうどエステルが教室に向かうところに出くわした。
「おはよう。昨日はお疲れ様」
「お、おはよう」
挨拶をすると、戸惑ったように挨拶を返すだけでいつものように大げさに飛びついてくることはなかった。昨日のやりとりで、今まで通りの接し方ではいけないと思ってくれたのであれば良いのだけれども。
特に用もないのでそのまま政経科の教室に急ごうとすると、今度は側近候補の一人のアルティスト・アハシュロス侯爵令息に呼び止められた。彼はアマストーレ嬢の同い年の従弟で、彼女が結婚して王室に入る予定なので継嗣として侯爵家に迎え入れられた養子だ。
今日は心なしか表情が険しいので、殿下の機嫌が悪いのだろう。
「ポテスタース遅いぞ、殿下がお呼びだ。
今日に限ってなんでこんなに遅いんだ?いつも無駄に早く登校しているのに」
「まだ予鈴には余裕があるよね?夕べは夜勤だったから明け方までずっと働いていて、その後に上官命令で安全のため仮眠を取って来たんだけど」
夜遅くまで好きなだけ遊び歩いて、帰宅したら何もしないで寝るだけの君たちとは違うんだ、とは間違っても言えない。
「そんな事は聞いてない。殿下が御用があると言うのにおそばにおらんことが問題だ」
アルティストの尊大な物言いにエステルがにんまりと
いかにも彼女らしい幼稚さと陰湿さに思わず呆れた笑いが出そうになるのを必死でこらえる。
「お呼びという事ですが、どういったご用件でしょうか?」
お仕事用のすました顔を作って一般教養科の教室に入ると自席で殿下がふんぞり返るようにして座って待っていた。
「どういったご用件でしょうか、ではなかろう。先日命じたことはどうなっている?未だにアミィは大きな顔をしているようだが」
クセルクセス殿下は苛立ちを隠そうともせず、苦々し気に吐き捨てた。
「お言葉ですが、他の生徒の前でお話しても構わないのですか?」
たしかエステルの了承なしに勝手に証拠を集めるってことになってたよね?絶対に内緒ってことで。
彼女の前でそんな話しちゃって良いのかな?そこで僕が殿下に問い詰められてるのをニヤニヤほくそ笑みながら見てますけど?
それにしても、あの
「あちらは得られた証拠をもとに鋭意調査中です。ただし、結果は必ずしも殿下のお考えの通りになるとは限りません」
「なんだそれは!?」
「犯罪捜査でも科学研究でも、事前の予想と結果が全く違う事は珍しくありません。予断と合致する結果だけを採用しては事実を見失います」
「なんだと?それでは俺の予想が見当外れだと?」
「どんなに優れた研究者でも予想と結果が違うなんて日常茶飯事です。それより教室内で大声で話していると他の生徒の皆さんに迷惑ですよ。」
僕がわざとらしく教室をぐるりと見回すようにすると、こちらの様子をうかがっている生徒たちが慌ててそっぽを向いた。
その様子を見て殿下もようやく注目を集めている事に気付いたらしい。
「それに、エステルが見てますよ。聞こえてもいいんですか?」
声を潜めて問いかければ、殿下も気まずそうに眼をそらす。それを見てエステルが顔色を変えたが、殿下は気付いていない様子だ。
「と、とにかくだ。お前はイジメの解決どころかエステルの言葉を信じようとしないそうではないか。彼女が疑われて悲しいと泣いていたぞ。すぐに謝罪して、決して裏切らないと騎士の誇りにかけて誓え」
「それはできません。我々は国家に忠誠を誓っているのであって、一個人的に誓う事は致しません。そして職務上、誰に対しても盲目的な信頼は置きません。それが治安の担い手たる我々警邏の誇りであり義務ですから」
殿下の苦し紛れの言いがかりに、彼の目をしっかりと見据えながらきっぱりと言い切った。ふんぞり返っていた殿下の傲岸な表情が心なしか凍り付き、慌てた様子が垣間見える。
「お前……不敬だぞっ」
「それでは処分相当である旨を国王陛下を通じて軍に通達して下さい。殿下には軍人の賞罰に直接口出しをする権限はありませんから」
「ぐっ……」
絞り出すような声で脅してくる殿下から目を逸らさぬまま冷徹に言い切ると、殿下は気おされたように押し黙った。
「それではそろそろ始業時間ですので失礼します」
気まずそうに眼を逸らす殿下にもう何も言ってくる様子がないのを見て取ると、そのまま踵を返して教室に向かった。
やれやれ。また何かやらかさなければ良いのだけれども。
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