ピンク頭と誇大妄想

 エステルを家の前まで送り届けて踵を返すと、すぐ近くの路地からエサドが姿を現した。お願いした通り、ちゃんとすぐ後ろからついてきてくれたのだろう。


「ご苦労だったな。それにしてもなんて妄想だ……」


「うん、想像以上でちょっとびっくりした」


 げんなりした顔のエサドに苦笑してしまう。どうやらちゃんと話を聞いていてくれたらしい。


「それで、どう思う? 女神だの転生だの、にわかには信じがたいが」


「誰かが彼女に暗示をかけているのかもしれないね。彼女が『好感度アップアイテム』と称して多用している毒物は、投与された者にせん妄をひきおこし、暗示にかかりやすくする作用があるんだ。彼女自身も誰かから投与されて洗脳を受けている可能性は否定できない」


「そうだろうな。いきなり女神がどうこうと言われても。まして転生なんて、とても事実だとは思えない」


 やはりエサドも女神とやらが本当に超常的な何かであるというよりは、薬物などを使って何者かが彼女を洗脳していると考えているようだ。


「今回の爆弾うんぬんも、その彼女を洗脳しているヤツの入れ知恵だろうね。だから情報そのものは合ってるのにいつどこで聞いたか答えられなかった」


 今日の取引を僕たちに取り押さえさせてアハシュロス公爵家が疑われるようにしたかったのだろう。

 依頼したという使用人についてはオタネス商会に確認を取るだけでなく、周囲の裏取りも必要になりそうだ。

 そもそも荷物の中身はいったい何だろう?


 連隊本部に戻ると、例の荷物を一つ開封して中身を改めているところだった。


「中身は何だったんですか?」


 煙硝は硫黄、木炭の粉などと一定の割合で混ぜ合わせると非常に安定していなあら極めて威力の大きい黒色火薬となる。


「荷に添えられたメモによると塩硝のようだな。ただしオタネス商会はハムやソーセージも多数取り扱っているから」


 そう、塩硝は火薬の材料だけでなく肥料の材料や食品の防腐剤としても使われている。


「ああ、防腐剤として出入りの業者におろすことも多々ありますよね。ただ、こんな風に人目を避けて取引するのはおかしい」


「作業員たちの話では、時間をやや過ぎたところで来たのが例の娘だったと。他には人っ子一人通らなかったそうですね」


「エステル・クリシュナンは取引の正確な日時と場所を知っていた。月虹亭で聞いたと言っていましたが」


 正直、三人の作業員は捜査にも素直に協力していてそれぞれの証言にも矛盾はなく、怪しむべき要素があまりない。

 むしろあの時間あの場所で「爆弾の材料の取引がある」と断言できたエステルの方が不審極まりないのだ。


「とんでもない娘でしたね。自分が神に選ばれた特別な存在だと言い出したかと思うと、ヴォーレの治癒魔法を自分に寄越せと言い出しましたよ」


 吐き捨てるようにエサドが言う。彼女の前では平静を装っていたが、内心かなりお怒りだったようだ。


「この世界がゲームの中だって言ったり、自分は神に選ばれた特別なヒロインなんだから癒しの力をよこせとか。本当に無茶苦茶です。ヴォーレのは神が無条件でくれた贈り物なんかじゃなくて、血の滲むような努力で身につけた純然たる魔法の知識と技術なのに」


 悔し気に言うエサドはそれだけ僕の事を評価してくれているのだろう。

 幼い頃はさんざん迷惑をかけたこともあったのに、ありがたいことだ。


「『悪役』を追い詰めれば追い詰めるほど自分が輝く世界だと言ってましたね。自分が輝くために悪役が必要だと。なぜそんな妄想を抱くに至ったかはわかりませんが、憐れな娘です」


 目を爛々と輝かせ、陶然と荒唐無稽な言葉を並べるエステルを哀れに思いながら言うと、小隊長とエサドがそろってため息をついた。


「ああいう妄執に取り憑かれたタイプの犯罪者は危険だぞ。くれぐれも用心しろよ」


「当分の間、巡回中の単独行動は禁止だな」


 もう、二人とも過保護なんだから。

 まぁ、今日のエステルはちょっと常軌を逸してる感じで怖かったけどね。


「とにかく、護衛の名目で彼女からは目を離さない方が良さそうですね。近々黒幕に接触することも考えられますし」


 さっきの別れ際の途方に暮れたような彼女の姿を思い出した。

 自分は女神に選ばれた特別な存在だと言いながらも、他人を貶めるだけで何一つ自分のものとして誇れるものがなくて。だからチヤホヤされる事で自信をつけたくて、誰彼構わず擦り寄って、便利な火遊び相手にされているだけだという事にも気付けてない哀れな子供。


 自分で物事を順序だてて考える事に慣れていない彼女は、アハシュロス公女やパブリカ令嬢といった周囲の人々が「シナリオ」通りに動かない事に焦っていた。

 あれだけ煽れば不安のあまり「女神様」、すなわち彼女におかしな妄執を植え付けて操っている輩とコンタクトを取ろうとするはずだ。 


 いったい誰があんなろくに善悪の区別もつけられないような子供を騙して連れてきたのだろうか。

 「女神」と名乗る何者かが何を企んでいるのかはわからないが、決して思い通りにさせてはならないと堅く心に誓った。

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