ピンク頭と余計な詮索
昨日は放課後はエステルの買い物に付き合ったし、夜はずっと勤務で予習復習する時間が取れなかった。仕方ないので昼休みは殿下のところには顔を出さず、教室で昼食を取りながら勉強してしまった。
少しお行儀が悪いけれども仕方がない。仕事と学業を両立させようと思うとどうしても時間が足りないのだ。
「今日は殿下たちのところには行かないでいいのか?」
「昨日はエステルの買い物と夜勤で勉強する暇がなかったし、学校が終わったらすぐ聞き込みだから今のうちに復習しとかないと」
「相変わらず忙しいな。それじゃ今日は放課後に記録球を確認するのは無理そうだな」
そう言えばすっかり忘れていた。
「ごめんね、そっちはお願いできる?実はエステルが昨日『卒業記念パーティー会場に爆弾を仕掛けようとしている連中がいる』って言いだして。夜遅くに港の近くで騒ぎを起こしたんだ。その時に居合わせた人たちが運んでいた荷が爆弾の材料にも使えるものだったから、放課後すぐ荷主に確認に行くんだ」
大まかな事情を話して記録球の確認の方はお願いすることにした。
「何やらどんどん話が大きくなっているな。エステルも何がしたいのやら」
「彼女に自分をヒロインだと思い込ませた何者かに言わされてるんじゃないかな?事情聴取しても『人から聞いた』って繰り返すだけでまともに答えられなかったし」
「ますます面倒な。もっとも、エステルが自力であんな薬を用意できるはずがないから、誰か黒幕がいるのはわかってはいたが」
コニーが呆れたように嘆息する。本当に、事態はややこしくなる一方なのに、エステル自身の望みはただひたすら「チヤホヤされて優越感を得たい」という浅ましくもシンプルなものだというのが皮肉である。
もっとも、彼女にとってその願望をかなえるためには「優れた資質を持つ誰かを
「もうすぐ卒業試験だし、こんな馬鹿馬鹿しい騒ぎからさっさと解放されて勉強に専念したいよね」
「まったくだな。下らない恋愛ごっこも陰謀ごっこもまっぴらだ」
お互いに苦笑すると、手早く昼食を済ませてしまった。
まだ時間があるので数学の復習がてら演習問題を解いているとコニーが手元を覗きこんできて首をひねる。
「ここの解き方は?少し変わってる」
「ああ、連立二次方程式はベクトル空間に突っ込む癖がついちゃってて。ほら、いつも仕事で弾道の計算したりするから」
「なるほど、力学はベクトル使うとすっきり解けるからな」
疑問は解決したらしく、ふっと彼の表情が緩む。
やはりこういった学びにつながる話ができるのはとても楽しい。
申し訳ないんだけど、いつも流行りのドレスやアクセサリーだの人気のある役者だのといった話題ばかりだと刺激がなくて飽きてしまうんだよね。
そりゃ最初は可愛いと思ったりもしたけどさ。中身がない話に延々とつきあってる暇があるなら何か面白い本でも読みたいって思ってしまう。
「ヴィゴーレ、ちょっと話があるんだけど」
せっかくコニーと楽しく勉強していたのに水を差したのは言わずと知れたエステルだ。さっきから嫌な視線を感じていたんだけど、あえて気が付かないふりをしていたのがわかったのだろうか。
ずかずかと教室に入ってきて不機嫌そうに声をかけてきた。
「どうしたの?何か急ぎの用事かな?」
内心うんざりしているのを押し隠し、にっこり笑ってみせると、食ってかかられた。
「あたしがわざわざ来てやったっていうのに、急ぎの用事じゃなきゃいけないってわけ?」
おや、珍しく「急ぎの用じゃなければ遠慮して」と言外に含ませたのが通じてるのかな?わかってるなら遠慮して欲しいんだけど。
「え?急ぎの用でもないのにわざわざ来てくれたの?どうしたの?」
仕方なく驚いてみせると、彼女は苦虫をかみつぶしたような顔で一瞬だけ押し黙ってうつむいた。う~ん、ちょっとわざとらしかったかな?
「朝の」
「うん?」
「朝のはいったい何なのよっ!?」
かと思うといきなりがばっと顔をあげて食って掛かってくる。感情の振れ幅が激しくて、随分と危なっかしい。
「朝のって、殿下とのお話? 個人的に命じられていた調査の報告を求められただけだよ?」
軽く受け流そうとしたんだけど、残念ながら引き下がってくれない。
「調査って何のことよっ!?」
「それは答えられないよ。君は殿下でも上官でもないもの」
「はぁ? このあたしが言えっつってんのに??」
うわ、チンピラみたいな口の利き方だね。下位貴族の男爵令嬢だって、普通に常識がある人ならばいくら何でもそんな言い方はしないよ。
粗暴な言葉で
こんな甘ったれた子供が何をわめいたところで痛くも
「僕は騎士として職務上の守秘義務があるから、君が何度訊いても答えられないよ。どうしても知りたければ殿下に訊いてね」
一応、笑顔を崩さぬように言うと「話はおしまい」とばかりに手元のノートに目を落とした。
「あのねぇ……っ!!」
なおもエステルが食って掛かろうとすると、コニーがすっと立ち上がった。
さっきまでの楽し気な表情は消えていて、いつもの無表情に戻っている。
「ヴォーレ、次は実験室だ。そろそろ行くぞ」
少し早すぎる気もするけど、これはエステルから引き離そうって気遣いかな?
コニーはあまり表情が動かないし、話し方も淡々としているから冷たい奴に見られがちだけど、実は周囲をよく見て細かく気配りしてくれる優しい奴だ。
僕はなんだかんだ言って周囲の人に恵まれていると思う。
「うん、今行く」
僕も手早く必要なものをまとめると、食事中脱いでいたジャケットを小脇に抱えて立ち上がった。全身に悪意のこもった視線がまとわりついて気持ちが悪い。
粘つくような視線につい眉をひそめそうになると、コニーが促すように背を軽く押してくれたので、ふっと肩の力が抜けた。
少しだけ気が楽になった僕は顔だけ振り返ってエステルに軽く手を振って挨拶した。
「ごめんね。次、移動教室だから。今度ゆっくりお話ししようね?」
くるりと
なんだか面倒な事になりそうな予感だけはしつつも、この時点では適当な距離をおいて注意深く観察していれば何とかなりそうだ、なんて脳天気なことを考えていた。
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