ヒロインなあたしと真のヒロイン?

 昼休み。ヴィゴーレはセルセとのランチに来なかったので、政経学科の教室に様子を見に行った。


 ヤツはパイを片手に机にかじりついて勉強しているようだ。食事の合間も惜しんでガリ勉なんて、ダサいことこの上ない。


 隣の席で弁当を食べているコノシェンツァと何か話している。決してお行儀が良いとは言えないのに下品に見えないのは、こいつらが生まれながらの貴族だからだろうか。

 食事を終えたコノシェンツァがヴィゴーレのノートの一点を指して何か言った。

 ヴィゴーレがニコニコと答えると、コノシェンツァの表情もふっと緩む。


 何なのこいつら? やけに楽しそうじゃない。

 わざわざこのあたしが来てやってるというのに、こちらに気付きもしない。

 しかも、いつもヘラヘラしているヴィゴーレはともかく、無口無表情クールキャラのコノシェンツァまでなんであんなに楽しそうに柔らかく笑ってるわけ?


 あたしは無性にムカついて、不機嫌さを隠さず声をかけた。


「ヴィゴーレ、ちょっと話があるんだけど」


 一瞬ヤツの顔から楽し気な色が消し飛んだが、すぐに「にっこり」と音が聞こえそうなほどの見事な笑顔を作って顔を上げる。


「どうしたの?何か急ぎの用事かな?」


 さっきまでの楽しげな顔を見ていなければ気付けなかったほどの、爽やかで感じの良い笑顔。何も知らずに見ていれば嬉しそうな表情に見えただろう。


「あたしがわざわざ来てやったっていうのに、急ぎの用事じゃなきゃいけないってわけ?」


 あからさまな営業スマイルを浮かべているのは、あたしと話すのが決して楽しくないってこと。コノシェンツァと話してる時はあんなに楽しそうだったのに。


「急ぎの用でもないのにわざわざ来てくれたの? どうしたの?」


 笑顔は崩さないまま軽く目をみはって驚いてみせているが、内心では迷惑がっているんだろう。せっかくコノシェンツァと楽しく話していたのに邪魔された、と思っていそうだ。


「朝の」


 自分でも思っても見ないほど低い声が出た。


「うん?」


「朝のはいったい何なのよっ!?」


 迷惑そうにされたところでひるんでたまるか。

 あたしは朝の事を問いただすと、ヤツはきょとんとした顔で何度か目をまたたかせてあっさり答えた。


「朝のって、殿下とのお話? 個人的に命じられていた調査の報告を求められただけだよ?」


「調査って何のことよっ!?」


 何をコソコソ嗅ぎまわってるのよ、こいつは。


「それは答えられないよ。君は殿下でも上官でもないもの」


 軽い苦笑を浮かべて当たり前のことのように言うヴィゴーレ。なんだかあたしが非常識なことを訊いたみたいだ。


「はぁ? このあたしが言えっつってんのに??」


 「僕は騎士として職務上の守秘義務があるから、君が何度訊いても答えられないよ。どうしても知りたければ殿下に訊いてね」


 あたしの問いを、ヤツは笑顔を全く崩さないままきっぱりとはねつけた。

 笑顔のままで、口調も柔らかいのに有無を言わせぬ雰囲気で、これは絶対に話すつもりはないだろう。


「あのねぇ……っ!!」


 話は終わりとばかりに再度ノートに目を落としたヤツに思わず食って掛かると、仏頂面で立ち上がったコノシェンツァに遮られた。


「ヴォーレ、次は実験室だ。そろそろ行くぞ」


「うん、今行く」


 あたしには目もくれず、そそくさと次の授業の準備をする二人。まだ昼休み終了までには時間があるのに、あたしから逃げるつもりだろうか。

 ヴィゴーレなんか、食事の時に脱いだ上着を小脇に抱えたままだ。


 無性に腹が立つが、何と言って引き留めようかためらっていると、コノシェンツァがヴィゴーレの背を軽く押してせかすような仕草を見せた。

 あたしには目もくれないくせに、ヴィゴーレのことは気遣っている。むしろ詰め寄るあたしからヴィゴーレを守ろうとしているみたいな態度だ。

 なんだかあっちが本物のヒロインで、あたしがそれをいじめる悪役みたい。


 あたしがムカつくあまりに声も出せずにいると、ヴィゴーレが顔だけこちらに振り返って笑顔を向けた。

 ぱっと花の咲いたような、余計な力の抜けた笑顔。


「ごめんね。次、移動教室だから。今度ゆっくりお話ししようね?」


 めちゃくちゃ可愛い。

 そう思ってしまって、すさまじく腹が立った。

 くるりと踵を返したヤツの後ろで揺れる長い三つ編みと、きゅっと引き締まった腰の間に納まったコノシェンツァの手が目に留まる。


 あいつ、あんなに腰細かったんだ。よく見ると脚のラインもすごく綺麗。いつもは制服の上着で隠れて見えなかったんだな。

 今は身体にぴったりした仕立てのシャツのせいで、背中から脚への綺麗なラインがはっきりと浮き出て見える。そこに添えられた手のせいで、腰の細さと引き締まったしなやかな身体の線が余計に目立つのだろう。


 ああムカつくムカつくムカつく。

 あいつ男のくせに、なんであんなに可愛いんだ。しかもスタイルめちゃくちゃいいし。


 それからコノシェンツァの奴。

 あたしには挨拶すらしない。それどころかあたしの事をまともに見ようともしなかった。

 なぜだかわからないけど、こいつも好感度が下がってるみたい。きちんとベッドにも誘って完全に攻略したはずなのに。

 攻略済みなんてとんでもない。あたしへの愛情どころか、興味の欠片すらない感じ。むしろヴィゴーレの方を大事に気遣うそぶりすら見せていた。

 このままではあいつに取られてしまう。もう一度攻略し直さなきゃ。


 あたしが、女神様に選ばれたこの世のヒロインなんだ。

 逆らう奴らには絶対に思い知らせてやる。

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