ヒロインなあたしと癒しの力

 あたしが我に返ったのは家まで送り届けたヴィゴーレが帰った後だった。

 爆弾の材料の取引は今夜行われる。それをヴィゴーレに伝えて捜査させるつもりだったのに、証言しろと言われてあわててしまい、伝えそこなった。

 このままじゃ最初の手がかりを得られなくて捜査が行き詰まるかも。


『今からでもちゃんと捜査させないと、ハーレム達成したのはいいけど攻略対象者もろとも講堂で吹っ飛ぶ、なんて羽目になるかもしれないよ』


 クソババアの言葉が頭をよぎって思わず震えあがる。せっかくのハーレムエンドを迎えても、爆弾で吹っ飛ばされたのではたまったもんじゃない。


 ふと気付くと夜九時の鐘が鳴っている。取引は九時半だ。

 あたしは慌てて港の近くにある倉庫街に急いだ。ゲームと同じなら、そこに爆弾の材料を運んで来た作業員たちと鉢合わせるはず。

 そいつらの尋問でアハシュロス家御用達のオタネス商会が爆弾の材料を注文したことが発覚するのだ。


 全く人気ひとけがない、似たような倉庫ばかりが立ち並ぶ道を小走りに行くと、足音が反響してまるで誰かに追われているような気分になる。

 気ばかりが焦る中、暗がりで人影が動いた。迷わずそちらに向かうと急に声をかけられて飛び上がりそうになる。


「ああ良かった、荷受け主の方ですね?時間を過ぎても来ないから場所を間違えたかと思いましたよ」


 口調は丁寧だが野太くていかにも力仕事に慣れていそうなオッサンの声。あたしは思い切り悲鳴をあげた。ゲームの通りなら、巡回中のヴィゴーレが駆けつけるはず。


「きゃあぁあああああっ!!!」


 それから十秒もかからなかっただろう。


「……君はこんな時間にこんなところで、一体何をしているんだ?」


 怪訝そうな声がかけられた。言わずと知れたヴィゴーレだ。まさかこんなに早く駆けつけるとは、瞬間移動でも使ったのだろうか。

 息も切らさず現れたのはいいけど、あたしが欲しかった反応じゃない。


「一時間以上前にちゃんと家まで送ったはずだけど?一体これはどういう事かな?」


 続く言葉には呆れの色すら浮かんでいて、あたしを見る目にも疑いが混じっている。


「えっと……あたし、さっき帰ってから今夜港で取引があるーって言ってたって思い出して見に来たの。

 そしたらいきなり声かけられて……あたし怖くって……」


「何かあったら僕か連隊本部に伝えてって言ったはずだよね。こんな夜遅く、しかもこんなに人通りのない倉庫街なんかに一人で来たら、何が起きてもおかしくないんだよ」


 慌てていかに怖かったか訴えようとしたのに、途中でさえぎりうんざりした顔で説教されてしまった。こんなはずじゃなかったのに。


「でも、ヴィゴーレはあたしの言う事信じてくれてないみたいだったし……

 あたし、くやしくて、証拠見つけてやるって思って。信じてくれないヴィゴーレが悪いんだよ??」


「僕は君が聞いたと言う話は重要だからきちんと調査するために証言して欲しいと言ったはずだよ。そこまで言うなら今すぐ連隊本部で調書を取らせてくれないかな?」


 上目遣いで訴えるが、まるで取り合わずに流されてしまう。それどころか作業員たちも一緒に連隊本部で調書を取られる事に。

 ヴィゴーレも後から現れたヤツの同僚も、作業員たちに終始丁寧に接していて面白くない。こいつら爆弾の材料を運んでいた犯罪者でしょ。拘束して痛めつけて尋問するんじゃないの?

 結局、連隊本部までの坂道をえんえん歩く羽目になって足が痛くなった。ムカついたからわざと転んで運んでもらおうと思ったら本当に足をくじいてしまう。

 さすがに無視できなかったのかヴィゴーレが私の傍に屈むとくじいた足を軽く触ると少し難しい顔をして......いきなり痛みが消えた。

 驚いて顔を見ると、悪戯っぽい顔をして「しーっ」と人差し指を唇に当てている。

 こいつ、呪文も何も使わずにあたしの怪我を治した?癒しの力とかなんとか、そんな特別な力があるのだろうか。


「大丈夫?もう立てそう?」


 黙ったままでいると、仕方ないというようにあたしをおぶって連隊本部まで連れて行ってくれた。


 他の奴らが別の部屋で証言している間、ヴィゴーレと二人になったので早速さっきの事を問い詰める。


「さっきのアレ何なの?」


「痛そうだったからとりあえず炎症と痛みだけ抑えたんだけど、余計な事だったらごめんね」


 当たり前みたいな顔をして言うけど、この世界に癒しの力があるとか聞いてない。少なくともゲームの中には全く出てこなかった。


「なんで使えるのよ!? この世界、そんな力があるとか聞いてないんだけど!?」


「たしかに治癒や身体強化などの身体操作魔法を使える人はかなり限られるけど……僕が使い手なのはかなり有名なはずだよ。知らなかったの?」


 何それ。癒しの力なんて特別なものはヒロインにこそふさわしいものでしょ?

 なんでこんなクズが使えるわけ?おかしすぎない?

 問い詰めて、その力をあたしに返すように説得したけど聞く耳持たない。


「僕が選ばれた特別な人かどうかは知らないけど、魔術も勉強も、それだけの努力を重ねてきたからね。身についた知識と技術は僕自身の実力だ」


 意味不明な事を言ってはぐらかされた。

 おかしい。そんな特別な力はあたしだけのもののはずだ。だってあたしはこの世界のヒロイン、女神に選ばれた特別な存在なんだから。


 だいたい、このゲームに癒しの力なんて全然出てこなかった。

 もしかすると悪役令嬢があまりに役立たずでシナリオが進まないから、ヒロインが真の聖女として覚醒するのを邪魔する偽聖女のストーリーに変わったのかも。


 だったら次の悪役はコイツで決まりね?どうりでクソ雑魚のくせに平気でヒロインのあたしに逆らうと思った。

 いいわ、徹底して潰してやる。


 そしてその特別な癒しの力はあたしだけのものになるのよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る