ピンク頭と不穏な証言

 自分は特別な人間だと信じ込んでいるエステル。「特別な力である治癒魔法は女神に選ばれた特別な自分にこそふさわしいからその力をよこせ」と僕に迫って来た。


「そんなの、自分で努力して身に着けるしかないよ。人から奪い取れるものじゃないんだ」


「っさいわ! ゴチャゴチャ言ってないでさっさとよこしなさいよ!! この泥棒!!!」


 戸惑いながらも人に譲渡できるものではないと諭したが、今度は血走った目で僕を睨みながらつかみかかってくる。

 うわぁ、このまま押さえつける訳にもいかないし、いったいどうしよう。

 途方に暮れていると、エサドとカリトンが聴取を終えた人たちを連れて戻って来た。


「こっちは終わったぞ。次の聴取を始めたいんだが」


 エサドが僕に話しかけながらもエステルに厳しい視線を送る。

 ただでさえ連隊本部に連れて来るまでの態度のせいで印象が悪いのだ。そのうえ奇声を上げて同僚につかみかかってるんだから、それはもう冷たい目にもなろうというもの。


「あなたも早く帰りたいだろうし、手早く済ませたい。ご協力、お願いできますね?」


 口調は丁寧だが視線は鋭く、彼を見慣れている僕でさえ威圧感を覚える。

 まして武人とは縁のないエステルでは相当な圧を感じるだろう。


「わ……わかったわよ、行けばいいんでしょ、行けば」


 エステルはヤケクソ気味に言うとソファから腰を上げた。慌てて僕も後に続く。


 訊きたい事は山ほどある。

 僕が駆けつけた時、エステルは悲鳴を上げていたが男たちが彼女に危害を加えようとする様子は全くなかった。彼女は巡回の騎士を呼び寄せたかったのだろうが、目的は何だろう?

 僕がエステルを家に送り届けてからゆうに一時間半は経っていた。偶然通りがかる場所でもないし、わざわざあの場所に出かけたことになる。いったい何のために?


 会議室で座ってもらうとエサドが尋問を始めた。


「ああもう、なんであたしがそんな下らないこと訊かれなきゃなんないのっ!?」


 エステルは質問にいちいち反発して喚きたてるので、氏名や年齢、職業を訊くだけでも大変そうだった。

 申し訳なく思いながらも、その間に作業員たちの調書に目を通す。


 彼らは今夜最後に入港した船の荷を下ろしている時に、馴染みの商会の従業員にあの木箱を倉庫に運ぶよう言われたのだと言う。

 荷の受け渡しには遅い時間だったが、もともと最終便だった上に海が荒れ入港が遅れたので仕方ないと、あまり気にも留めなかったそうだ。


 依頼主はアハシュロス公爵家御用達のオタネス商会の奉公人でよく使いに来るから、今回も商会からの依頼だと思っていたようだ。

 指定された時間に倉庫に行ってみると、待ち合わせ場所に女がいたので、受け取り主かと思って声をかけたら悲鳴を上げられたと言う。

 

 荷をそのままこちらでお預かりしてしまったので、先方への補償などを気にしていた。すぐに荷の内容の確認をするとともに、朝一番にオタネス商会に依頼の有無について照会する必要があるだろう。

 少し気になるのは、いつも必ず依頼の明細を文書にして双方で保管するのに、今回は急ぎの仕事だからと口頭で言われただけだという点。

 何か記録に残しておけないような荷を運ばせたのではなかろうか。

 作業員たちもそこに思い至ったらしく、荷物の確認のお願いは快諾していただけた。


 一通り調書に目を通す間、エステルの聴取はほとんど進んでいなかった。


「それでなぜそこに?悲鳴を上げたのはなぜ?」


「っさい!なんでそんなこと聞かれなきゃなんないのよっ!?」


 まともに答えず逆上してはぐらかすエステル。

 作業員たちの証言が冷静で一貫しているのと対照的だ。


「捜査に必要ですから。なぜ悲鳴をあげたんですか?」


「あのねぇ!あたしはあいつらにいきなり襲われたって言ってんでしょっ!!こんな美少女がキモイおっさんに襲われたらフツー悲鳴上げるもんでしょっ!?」


「なるほど。それであの場所にいたのはなぜですか?襲われたというのはどこからどのように?」


「だぁかぁらぁっ!!女の子に襲われた時の事とか細かく聞く!?まじデリカシーなさすぎっ!!いっぺん死ねっ!!」


 あくまで事務的に聴取を続けるエサドにいちいち逆上してみせるエステル。言ってることが支離滅裂で、本気で怒っているというよりは都合の悪い事を逆上してごまかしているのが見え透いている。

 暴言もひどいし、忍耐強いエサドだからまだ冷静でいてくれるけど、他の人だったら怒ってるんじゃないかな。


「おかしいですね。私が悲鳴を聞いて駆けつけた時には『いきなり声をかけられて怖くて悲鳴をあげた』とおっしゃっていましたが。

 その時には彼らとあなたの間に充分な距離もあり、襲われたようには見えませんでした。襲われたと言うのはいつ、どこで、どのように被害に遭ったのですか?」


 さすがに見かねて口を挟むと、僕の改まった口調に慣れないのかエステルは目を丸くして一瞬押し黙った。


「私が現場に急行した際、作業員三名はそれぞれ両手で木箱を抱えていました。あの状態で女性を襲う事はできないでしょう。

 誰にどのような状況でどのように襲われたのか、きちんとご説明いただかなければ信憑性のある証言として採用いたしかねます」


「な……何よその言い方。ヴィゴーレのくせに……」


「今は職務中ですので。そもそも、なぜ現場にいらっしゃったかご説明いただけていませんが、どういう事でしょう?」


 あくまで事務的に聴取を続ける僕にエステルは戸惑いがちに不満を伝えてくるが、取り合わずにお仕事モードで対応する。


「そ……それはその……前に変な奴らが相談してたのを聞いちゃったのよ。今夜あそこで爆弾の材料を取引するって」


「それで?」


「なんかヴィゴーレあたしの言う事聞いてくれないから、動かぬ証拠をつかまなくっちゃって。信じてくれないヴィゴーレが悪いんだよ?」


 さっきも聞いたようなセリフを粘ついた甘ったるい声でまくしたてると、軽く頬を膨らませて口を尖らせ、上目遣いで甘えるように軽く睨んでくる。


「爆弾については先ほどお話を伺いましたが、捜査のためにご協力をお願いしたところ、証言を拒否されましたよね?伺っていないお話は信じようがありませんが」


 あくまで事務的な口調を崩さず事実だけを指摘する。


「どこでどのようにしてその話を耳にしたか、ご説明いただけますね?」


 真顔のまま真っすぐにエステルを見据えて問いかけると彼女は気まずそうに視線を逸らした。

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