ピンク頭と選ばれし聖女
「そ……それは……」
爆弾の取引の話をいつどこで聞いたのか問いただされ、目を逸らしながら口ごもるエステル。やはり実際に耳にした訳ではなさそうだ。
エサドも同じ意見らしく、そわそわする彼女を見据えたのち僕に軽く目配せして頷いた。
「大丈夫です。情報提供者のプライバシーは守られますし、必要に応じて護衛もつけられます」
「学園内では授業中でなければ私が護衛できますし、クリシュナン嬢の所属するクラスにも殿下の護衛に紛れて貴方の護衛を派遣する事も可能です。ご安心ください」
エサドが促すと僕も重ねて同意した。エステルは落ち着きなく目を泳がせながら言葉を探している様子だ。
「えっと……その……聞いたのよ。そういうこと企んでる奴がいるって」
「つまり、また聞きということですか?それはどなたから?」
いかにも苦し紛れといった台詞に畳みかけるように問いただす。どうせ黒幕に何か言うように指示されているんだろう。何とかして手がかりをつかんでやる。
「そ……それは……」
「大丈夫、捜査にあたって貴方が証言したとはわからないよう細心の注意を払います。ここで証言したことで貴方が危険にさらされないよう全力を尽くしますから」
エサドも後押ししてくれる。さあ、教えてくれ。君に爆弾の話をしたのはいったい誰なのか。
「そ……その……行きつけのお店で……」
「劇場近くにある月虹亭という雑貨店ですね?」
しどろもどろの言葉にかぶせるように確認する。彼女の目を正面からしっかりと見つめて問いかけると、思わずと言った風情で頷いた。
「よく証言してくださいましたね。ありがとうございます」
「お疲れさまでした。今日はもう終わりなのでお帰りになって結構です」
現時点でこれ以上の情報を引き出すのは無理だろう。礼を言いつつエサドに目配せを送ると彼も頷きながら聴取の終わりを告げてくれた。
「さてと。本当にお疲れ様。証言してくれてありがとう。
これでちゃんと捜査ができるから、爆弾を作ろうとしている連中もすぐ見つかると思う。安心してくれていいよ」
区切りをつけるように座ったまま軽く伸びをすると、いつもの表情と口調に戻してエステルに話しかける。
そのとたんにエステルもあからさまに緊張の解けた顔をしたのが少しおかしかった。
「それじゃ、巡回がてら家まで送ってくるよ。女性が一人で出歩いて良い時間じゃないからね」
ことさらに軽い口調で言うと、エサドが僅かに目をみはって警戒感をあらわにしたが、エステルが気付く前に声に出さずに「後からついてきて」と口だけ動かしてみせると軽く頷いて「ああ、行ってこい」と言ってくれた。
持つべきものは気心の知れた同僚だ。
「この時間だから馬車を呼べなくて。歩きでごめんね」
連隊本部を出て、並んで歩きながらエステルに話しかける。
彼女の家は本部を出てまっすぐ西に坂を下りて行った丘の中腹あたり、下位貴族のこじんまりとした館が立ち並んでいる界隈にある。
「なんなのよ」
「え?何が?」
「なんなのよ、あの態度!?敬語とか使っちゃって、なんか役所の人みたいにっ」
「それは仕事だもの、けじめはつけなくちゃ。それに僕はもともと役人……というか軍人だよ? 忘れてた?」
いらいらした様子で噛みついてきたのを軽く受け流す。誰だって公私の別は必要だろう?
「……っ」
軽くあしらわれたのが腹立たしかったのだろう。エステルは唇を噛みしめて僕を睨みつけると、気分を落ち着かせるためか一度深呼吸をした。
「あんた調子に乗ってんでしょ。この偽聖女が」
「に……偽聖女って一体なんのこと? ねぇ、君言ってる事がめちゃくちゃってわかってる?僕男だよ?」
また訳の分からない事を言い出した。エステルの思い込んでいる「ゲーム」とやらにその聖女は登場してくるんだろうか?
「っさいわね!いちいち逆らうし、『癒しの力』使うし。ヒロインの邪魔する偽聖女なんでしょ、アンタ」
「だからそのヒロインって何なの? 聖女って何? 前はそんな事言ってなかったよね??」
「がたがたうっさい!!悪役令嬢が役立たずだからゲームが進まなくて、シナリオが変わって偽聖女がヒロインの邪魔する役になったのよ! そうに決まってる!!
じゃなきゃヴィゴーレごときがあたしに逆らえるわけないもん!!」
ごとき、とは随分な言い草だ。身分にせよ能力にせよ、彼女がそこまで大口を叩けるような根拠はどこにもないように思うのだが、この傲慢さは何に裏付けられたものなのだろう?
いずれにせよまともに会話が成立しそうにないが、こうした妄想に取り憑かれて会話が成立しない人というのも仕事柄たくさん目にしてきた。
こういう時は適当に話を合わせながら相手に好きなようにしゃべらせるに限る。
「それじゃ、僕がそのヒロインの邪魔をする何かだったとして、君は何なの?
何をどうするつもりなの??」
「それはもちろん、女神に選ばれた真の聖女として、偽聖女を断罪して力を取り戻して、この世を特別な癒しの力で救ってやるのよ。そしてみんなにすごいってあがめられてイケメンたちに愛されて、誰からもうらやましがられて誰よりも幸せになるの!!」
熱に浮かされたような表情でうっとりと言うエステル。
結局、ヒロインがどうのと言ってる時と主張や目的は大して変わらない。
すなわち「自分は女神に特別に選ばれた存在」で「邪魔者を排除」することで「みんなにすごいと言われて」「イケメンたちに愛される」ことで「うらやましがられたい」。
それは「ヒロイン」が「聖女」になっても変わらない訳で。
結局、彼女の「幸せ」は人からチヤホヤされることとうらやましがられることにしか見いだせないもののようだ。
それが彼女の言う「女神さまに選ばれた特別な存在」という事なのだろうか。
だとしたら、ずいぶんとあわれで虚しい「特別な存在」だと思う。
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