ピンク頭とゲーム攻略

 事情聴取の帰り道、いきなり僕の事を『偽聖女』などと言い出したエステル。

 なんでも『癒しの力』を使いヒロインである自分に逆らう僕は、彼女に倒されるべきゲームの悪役だと言う。


 馬鹿馬鹿しいことこの上ない。

 彼女の言う『癒しの力』は女神に与えられた特別な力でもなんでもなくて、師匠から弟子へと受け継がれてきた『身体操作魔法』の知識と技術の結晶である。しかも力の代償も大きく、使うたびに自分の肉体の一部か生命力を捧げなければならないのだ。

 神様に選ばれてぽんっと与えられるような、そんな安直で都合の良い特別な力などではあり得ない。


 正直、腹が立たない訳ではないけれども、今はうまく話を合わせて彼女から引き出せるだけ情報を引き出す必要があるだろう。

 こういった妄想にとらわれて過激な行動に走る犯罪者は常に一定の数存在するものだ。そういう妄執にとらわれた犯罪者やその予備軍の犯行を防ぐには、道理を説いて異常行動をやめさせるよりも、いったん彼らの妄想を引き出してそこから考えられる行動を割り出していく事が肝要なのだ。


「あのさ、君の言うゲームってどんなものなの? シナリオがどうとか、攻略がうんぬんとかさんざん言ってたけど、何か筋書があるわけ?」


「当たり前でしょ!!そんなのも知らないの!?だから馬鹿の相手は嫌なのよ……っ」


 とんでもない言い分だが、自分の中だけで完結してしまっている思考だとこうなるのかもしれない。

 後ろからついてくるエサドのイラついた気配がするが、後ろ手に軽く手を振って「今は任せて」と合図する。


「ごめんね、僕はあまり頭がよくないからわかるように説明してくれると嬉しいな。そのゲームとかいうものはどんな筋書で、本当はどうなるはずなのか」


「しょうがないなー。それじゃ馬鹿な凡人のアンタでもわかるようにちょっとだけ教えてあげるから感謝しなさいよ」


「ありがとう。すごく助かるよ」


 うん。ちょっと下手に出るとあっさり調子に乗ってくれるから本当に楽で助かるよ。さあ、君の見ている夢がどんなものかを晒して、君が取り得る全ての行動パターンをつぶさに見せてくれ。


「君はアハシュロス公女に『イジメをしてこないから攻略が進まない』って言ってたね。君のしている『ゲーム』ってどんなものなの? 『攻略』って何? ここが『ゲームの世界』って言ってたのはどういう事?」


「いっぺんに訊かないでよ。せっかちね。いーい?この世界はね、あたしが遊んでた乙女ゲーム『素顔のままの君に星を願う』の中なの。そこでヒロインのあたしは攻略対象者と素敵な恋をして、愛されて結ばれてハッピーになるの。攻略対象者っていうのはヒロインが恋をするために用意されたイケメンキャラのことね。セルセとアルティ、アッファーリにマイヒャにコノシェンツァ、それにアンタの六人ね。アンタはこの中では一番格下のチョロいやつ」


 何だか失礼極まりない事を言われたが、気にしない気にしない。


「つまり、ここは君が恋を楽しむ遊びのために作られた世界っていうことかな? そして僕たちは君の遊びのために誰かに用意された存在だと」


「そうよ。ここは悪役が詰められれば詰められるほどあたしが輝く世界。悪役令嬢は切磋琢磨せっさたくましあうライバルなんて生ぬるい関係じゃなくて、やるかやられるかのガチの敵よ。やっつけて惨めに破滅させることで、あたしがどこまでもキラキラ輝いて幸せになるの」


 ずいぶんと人を馬鹿にした話だが、あっさりと肯定された上にさらに胸糞悪い話を聞かされた。

 他人様を惨めに破滅させることで自分が輝くだと?自分の言っている事がどれだけ賤しく浅ましいかわかっているのだろうか?


「それでアハシュロス公女に『イジメてこないから攻略が進まない』って抗議してたのか。ちなみに『攻略』ってどうするの?」


 気色の悪さを押し込めて、無理にでも笑顔を貼り付けて彼女に話を合わせる。夜の闇に紛れて目が笑っていない事に気付かれなければ良いのだけれども。


「悪役令嬢のヤツのイジメを訴えて、守ってもらうの。それで仲良くなってきたらウジウジ悩んでるとことかも見せてくるようになるから、そしたら話を聞いてやって、そのキャラに合った台詞を言ってやって」


「それぞれ台詞が決まっているの?」


「当然でしょ。それぞれなんか決め台詞みたいなのがあって、決まったイベントでそれを言ってやることで好感度が上がるの。他にも好感度上昇アイテムを使ったりすれば上がるわよ。好感度が一定の値に達したら『他人、顔見知り、知人、友人、恋人、本命、溺愛』って感じで関係が変化するの。恋人以上になったら攻略成功よ」


 胸が悪くなるのをこらえながら、相槌をうちつつ話を聞きだしていく。

 話を聞けば聞くほど「攻略対象者」を自分と同じ人間だと思わず、ただの玩具か何かのように思っているのがわかって腹立たしいが、おかしな妄執に囚われた犯罪者予備軍など多かれ少なかれこういうものだろう。


「正しいタイミングで決め台詞を言う事で、その好感度って言うのが上がるんだね。好感度上昇アイテムというのは?」


「ヒロインのあたしだけが使えるアイテムショップで売ってる『月光の蜜』ってアイテムよ。いい匂いがして超おいしいし、食べ物や飲み物に混ぜると攻略対象者の好感度がイベントとかと関係なしに無制限に上がるの。ゲームだと、攻略対象者の好感度しか関係なかったんだけど、こっちの世界だとモブに飲ませても反応良くなるからもう手放せないよねっ!!」


 嬉々としてベラベラとしゃべってくれるエステル。なるほど、彼女は例の天人朝顔の蜜を万能の「好感度上昇アイテム」だと思い込んで濫用しているのか。

 どうりで何が何でも無理矢理食べさせようとしてくると思った。

 他人の心を自分に都合よく変えてしまうようなものが危険な毒物であるというのは考えるまでもないことだと思っていたけど、彼女には何をどう諭したところで理解することはなさそうだ。


 さて、聞けば聞くほど胸糞悪い話に付き合うのもだいぶ飽きてきた。そろそろ肝心なことも訊いてみよう。


「それで、君をその『ヒロイン』にした人って誰なの? どこでどう知り合ったの?いつも連絡とか取りあってる?」


 僕が思い切って口にした問いを耳にして、エステルは我が意を得たりとばかりににんまりと、優越感と自己顕示欲に満ちあふれたいやらしい笑みを浮かべた。

 さて、彼女はいったい何を語るつもりなのだろうか。

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