ピンク頭と創世女神
「それで、君をその『ヒロイン』にした人って誰なの?どこでどう知り合ったの?いつも連絡とか取りあってる?」
僕が思い切って核心に迫る質問をすると、エステルはにんまりと優越感と自己顕示欲に染まった
「それはもちろん女神様よ」
「女神様?」
「そうよ。あたしが元の世界で死んじゃって、気が付いたら真っ白なキラキラしたところにいたの。そこで女神様に会って、女神様の世界に転生してって言われて」
「女神様の世界?」
「さっき言ったでしょ。あたしが遊んでた『素顔のままの君に星を願う』の世界」
「君は元の世界で死んでしまって、女神によってゲームの中に転生してきた……」
明け方の薄暗い教室で彼女が自分の教科書を切り裂きながら口にしていた「転生者」という言葉が頭をよぎる。
別の世界で生きていた時の記憶を持っている人間……彼女の異常な妄執や攻撃性は全く価値観の異なる世界で育った記憶を持つせいなのか。
いや、もしかするとそれも彼女の病的な妄想にすぎないのかもしれない。それでも彼女が今後取り得る行動を推測するためにも、彼女が口にする「ゲーム」や「女神」とやらについて、きちんと知っておく必要があると思う。
「やっとわかった?だから、あたしは特別なの。女神様に選ばれた、この世界のヒロインなの!」
誇らしげに胸を張り、目を
「それで、その女神様は何をしたいの?」
「え?」
彼女の妄言としか思えないような言葉をとりあえず肯定した上で、僕にとっては核心ともいえる問いを投げかけると、彼女は虚を突かれたかのように
「その女神様って、君をヒロインにすることで何をしたいの?」
「え……だからここはゲームの世界で……」
「それはわかったけど。女神様が君をヒロインにすることで何をしたいのかな?君を転生させるとき、その女神様が何か言ってなかった?」
彼女が本当に「転生者」なのか、何者かにそう思い込まされているのかは不明だが、いずれにせよその何者かは何か目的があって彼女に「ヒロイン」をさせているはず。一体何を目論んでいるのだろうか。
「えっと……『素顔のままの君に星を願うのヒロインとして、どこまでもキラキラ輝いてみない?』って……」
「うん、他には?」
「『魂の底からあたしの世界を味わって、あたしと一つになりましょう?』って。だからあたしはこの世界で精いっぱい輝いて、誰よりもキラキラなヒロインにならなきゃ……」
僕の問いかけに、彼女は記憶を掘り起こすようにぽつりぽつりと「女神様」の言葉を絞り出した。
「この世界で輝くためには『悪役』を断罪しなきゃいけないの?何か勉強とか特技を磨くとか、もっと別の方法では輝けないの?」
「だってここは悪役が詰められれば詰められるほどあたしが輝く世界だって。
そこでたくさん愛されて楽しい思い出を作って、あんなつまらない世界で傷ついた魂をしっかり癒してほしいって、女神様が……」
なるほど。その女神とやらはエステルを使って人を陥れることで何かを目論んでいるようだ。陥れるのは誰でも良いが、その行為をエステルが満喫する事で己の目的を達する事ができるらしい。
ろくでもない輩であることは間違いない。
「それじゃ、そのゲームとか言うのに聖女って出てきたの?」
「ううん、全然……」
ついでにさっき言い出したおかしな言いがかりについても訊ねてみる。
「それじゃ君が真の聖女だとか、僕が偽聖女だとかっておかしくない?」
「だって、ゲームが全然シナリオ通りに行かないんだもん。だから、あたしのために別のストーリーが始まったのかと思って」
やはりその場の思い付きだったようだ。下らないとは思うが、しっかり否定しておこう。
「言いたい事がよくわからないけど、治癒魔法は君が生まれるずっと前からあるし、僕がそれを使えるのも君がこの学園に来るよりずっと前からだ。
関係あるとは思えない」
「それじゃ、どうして攻略がうまくいかないの?あたしはどうすれば逆ハー決められるの?」
知るかそんなの。そもそも逆ハーって何なんだ。
「逆ハーが何なのかわからないけど、恋愛を攻略だのゲームだのって言ってるからうまくいかないんじゃないの?少なくとも、僕はそういう事を言う女性には魅力を感じないな」
「嘘……アンタはとっくに攻略済みのはずじゃないの……」
確かに可愛いとは思っていたけど、ベッドに誘われた時点でかなり彼女への気持ちが薄れたし、今となっては魅力を全く感じない。
こうやってきちんと向き合うのは彼女の犯罪に気付かず薬物を好き勝手使わせてしまったことへの罪悪感と、彼女の学園生活のサポートを任された者としての義務感からだ。
「悪いけれども、君が異性から好意を向けられることを『攻略した』と思っている限り、僕が君に『攻略』されることはないと思うな。
それに、アハシュロス公女は下らないイジメにうつつを抜かすような人じゃないし、それ以前に君を構っていられるほど暇じゃない。他の人たちだって嫌がらせするほど君に興味を持っている人はいないんじゃない?
イジメの被害を訴えて同情で異性を『攻略』しようとするのは無理があると思うよ」
「そんな……あたしがどうでもいいってこと?このヒロインのあたしが?」
ショックを受けているエステルには可哀想かもしれないけれども、ありもしない被害を訴えるしかできない人にそこまで興味を持てないのが正直なところじゃないかな?
いくら男子生徒にまとわりついてチヤホヤされたところで、相手構わずベッドに誘うようでは結婚相手として見られる事はあり得ない。そんな火遊びの相手にしかならない女性なら、脅威に感じる人もいないだろう。
「うん。ヒロインだろうがなんだろうが、どうでもいいって人がほとんどだと思うよ。みんな自分の人生だけで手一杯だもの」
「そんな……ひどい、ひどすぎる……」
「そう思うなら、その女神様に相談してみたら?この世界に君を連れてきたんだから、責任を取ってもらわないと」
「女神様に相談……」
「うん。神殿で祈ってみるとか。色々試してみたら?」
ちょうど話が一段落ついたところで彼女の家の前についた。
「さあ、家についたよ。今日はお疲れ様。良い夢を見てね」
少し冷たいようだけれども、おやすみの挨拶をすると返事を待たずにそのまま踵を返す。
残された彼女が何か言いたげにしていたのは感じたが、今甘やかすのは彼女自身のためにもならない。
一晩頭を冷やしながら、自分の言動を振り返ってくれると良いのだけれども。
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