ピンク頭と治癒魔法

 しばしの沈黙の後、口を開いたのはやはりエステルだった。


「さっきのアレ何なの?」


 不機嫌そうな声。大騒ぎされると面倒なのでとっさに治療したのが気に入らなかったのだろうか?


「痛そうだったからとりあえず炎症と痛みだけ抑えたんだけど、余計な事だったらごめんね」


「炎症と痛みを抑えたって、癒しの力を使ったって事!?」


 なんだかすごい剣幕だ。

 まあ、治癒魔法は治療を受ける側も術によっては体力や生命力を消耗したり、細胞を活性化させることによる腫瘍化のリスクがあったりするから、無断で使われて怒る人がいたとしても不思議ではないけれども。


「とっさのことだったから。無断で使っちゃってごめんね」


「なんで使えるのよ!? この世界、そんな力があるとか聞いてないんだけど!?」


 勝手に魔法を使ったことを謝罪したのだけれども、どうやら彼女の不機嫌の原因は違ったようだ。

 なぜか僕が治癒魔法を使えることそのものに驚きと不満を抱いているらしい。


「たしかに治癒や身体強化などの身体操作魔法を使える人はかなり限られるけど……僕が使い手なのはかなり有名なはずだよ。知らなかったの?」


 別に自慢するつもりはないが、僕は身体操作系の魔法についてはこの国で最も使いこなしている人間の一人のはずだ。


「おかしいわよ!めったに使える人のいない治癒魔法なんて、ヒロインのためにあるのがお約束でしょ!!なんでヒロインのあたしが使えないのにアンタごときが使える訳!?」


「そりゃ必死で修業して、勉強も練習もたくさん重ねてきたから……」


「そういう問題じゃない! このヒロインのあたしを差し置いて、アンタごときがそんな聖女っぽいことができるっておかしいってこと!! あたしだけが特別なの!!アンタがそんな選ばれた特別な人みたいなことができるのは間違ってる!!」


 こいつは一体何を言ってるんだ……??

 他人が血のにじむような努力と吐き気を催すような苦難の上にようやく身に着けた知識や技能を、何の努力もしていない自分が……自分だけが使えて当然だと思い込んでいるのか?

 思い上がりも甚だしい。


 普段は決して思い出すことのない、修業時代のおぞましいすら言える経験の数々がフラッシュバックして、一瞬怒りに我を忘れそうになる。あの全てが正当なもの、必要なものだったとは思えないけれども、それでもその先に手に入れた実力は僕自身のものだ。

 だからどんなに苦しかったとしても、その経験そのものは否定してはいけない。


 何とか笑顔を取り繕って、さも不当な扱いを受けたかのように憤っている彼女に向き合った。内心でははらわたが煮えくり返りそうだけど。


「僕が選ばれた特別な人かどうかは知らないけど、魔術も勉強も、それだけの努力を重ねてきたからね。もちろん師匠につくことができて、教えられた事を身に着けられるだけの適性があるという幸運には恵まれたと思うけれども、身についた知識と技術は僕自身の実力だ。君にどうこう言われる筋合いはないよ」


 いかん、どうしても言葉に棘が出てしまう。

 あんな独りよがりの理不尽な言いがかりに感情をかき乱されるとは、僕もまだまだ修行が足りない。


「あぁん? ナニ訳わかんないこと言ってんの?? そういう特別な力はね、このヒロインのあたしだけのものじゃなきゃおかしいのよ。それで聖女ってあがめられて、みんなにすごいって言われて、誰からも愛されてハッピーになるの!!」


 何を言っているのかわからない。

 聖女だと?そういえば五十年くらい前に西のカロリング王国で自らを聖女と名乗る女性が現れて国がめちゃくちゃになったけれども、それと関係があるのだろうか?

 そう言えばその自称「聖女」も特徴的なストロベリーブロンドで、自らを「この世界のヒロイン」「世界は自分のためにある」と主張していたそうだ。

 思わぬ類似に頭が冷えてきた。


「君は『聖女』になりたいの?そのために治癒魔法が使えるようになりたいってこと?」


「ほんっとバカは察しが悪いわね。癒しの力なんて特別なものは女神さまに特別に選ばれたヒロインのあたしのためにあるものなの。そうじゃなきゃいけないの。アンタみたいな凡人が使えるのがおかしいの」


 自分が特別な存在だから、特別に見えるものは何でも自分のためだけに存在しなければならない。彼女の主張はこういう事らしい。

 尋常ではない妄想としか言いようがないが、それにしてはカロリングの偽聖女との類似が気にかかる。


「現実的に見て、君が生まれるずっと前から治癒魔法を使える人は複数いる。ただ単に数が少ないと言うだけのことだよ。たしかに習得するのは至難の業だし、運も生まれつきの適性も要る。誰にでも使えるものではないけれども、少なくとも君だけのために用意された特別な力とやらではないことだけは間違いないよ」


 できるだけ穏やかな言葉を心がけて語りかけるが、理解されるかどうかはいささか心もとない。


「……こしなさいよ……」


「え?」


「よこしなさいよ!あたしのものよ!!」


 ややうつむいで、押し殺したような声で言われて思わず聞き返すと、がばっと顔を上げたエステルが僕を睨みつけながらすさまじい声でわめきたてた。

 よこせ、というのは治癒魔法を使う能力の事だろうか?


「えっと……治癒魔法を使う能力のこと?そんなの、自分で努力して身に着けるしかないよ。人から奪い取れるものじゃないんだ」


「っさいわ! ゴチャゴチャ言ってないでさっさとよこしなさいよ!! この泥棒!!!」


 今度は血走った目で僕を睨みながらつかみかかってきた。

 うわぁ、このまま押さえつける訳にもいかないし、いったいどうしよう。

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