ヒロインなあたしと再攻略
今日は最悪な日だった。
昨日さんざんムカつかされたヴィゴーレをしっかり攻略し直して、ハーレムエンドを迎えられるように仕切り直すはずだった。
だから待ち合わせの時にクッソつまんない本を読んでても「すごいね」ってほめてやったのに、なんか反応がおかしい。せっかく「脳筋のくせに勉強しててえらい」って言ってやったのに。やっぱり好感度が下がっているんだろうか。
「今日は夜番の先輩と当番を交替してもらったんだ。夜八時までに連隊本部に戻れば良いからそれまではゆっくり楽しめるよ。さあ、お姫様は最初にどこにいらっしゃるのかな?」
少しおどけた口調で言う顔はいつも通りにニコニコ笑っているが、目だけは笑っていない。昨日のあのぞっとするような冷たくて何もかも見通すような透き通った眼差しのままだ。
「八時に連隊本部に戻るって、今日はお休みじゃないの? 一晩中一緒にいたかったのに」
「そういう冗談はやめておいた方が良いよ。僕はともかく、誤解されて取り返しのつかないことになりかねないから」
もう、何とかして今夜のうちにベッドに連れ込んで完全に攻略してしまおう。そう思ったのに、冗談だと思われて軽く流された。
そう言えばコイツは変なところがお堅くて、この間も家に誘った時に断られたんだった。よく考えるとその後くらいからだんだん態度が冷たくなった気がするけど……まさか好感度が下がったのってそのせいなの?
乙女ゲームの攻略対象者のくせに、ベッドに誘うと好感度が下がるとか、マジありえないんですけど!?恋愛をナメるんじゃないっての。
ムカつきながらも何とかおだてながら買い物を済ませ、疲れたからと今あたしたちくらいの女の子の間で話題にカフェに入ることにした。
ここで甘いものを頼んで蜜を混ぜ、しっかり好感度を上げておくつもり。
ところが奴は一口二口食べただけで「胸やけがする」とほとんど残しやがった。そのうえ気分が悪くなったとトイレに行ったきり戻ってこない。
それでもようやく戻って来たヤツはさっきまでの冷たく鋭い目ではなく、少しとろんとした間延びした顔になっていたのでだいぶ効いているのだろう。
その代わりなんだかぼうっとしているようなので、少しだけ拗ねてみせると、仕事で早く一人前にならなきゃと焦って疲れが溜まっているとか言い出した。
もしかすると好感度の上がり方がまだ足りないのかもしれないと思って、「将来の事ちゃんと考えててえらい」ってほめてやったんだけど、そしたら逆に「エステルはどうしたいの」って訊いてきた。
もちろん「みんなに愛されて幸せになりたい」って言ったんだけど、「みんなって誰?」とか「幸せってどんなこと?」ってしつこく訊いてくる。
そういう頭の悪いところが本当にムカつくんだけど、奴は引き下がらない。
好感度がまだ下がったままなのかとも思ったんだけど、その割には少し寂し気な、それでも優しい目をしていて、昨日のなんだか凄みを感じさせるヤツとは別人みたい。
だから頭の悪い脳筋でもわかるように教えてやったんだけど、最後まで納得しなかった。それどころかあたしが「誰にも愛されてない」なんてひどい事を言い出したのだ。
あまりの暴言にあたしが思わず本気で泣きそうになってると、困ったように微笑んで「今はできる範囲で望みをかなえてあげたいとは思うよ」と言ってきた。
なんだか納得できないけれども、そう言った時のヤツの目が今まで見たこともないくらい優しくてあったかくて、不覚にも「綺麗だ」と思ってしまったあたしはそれ以上の言い合いを避ける事にした。
話が一区切りして「次はどこに行きたい?」と訊いてきた奴に、慌てて爆弾の話をすると、「これから連隊本部に来て証言してくれ」と言い出した。信じてないのかと思ったけど、「すぐに調査して未然に防がないと」と言う顔は真剣で、いつものヘラヘラした姿が嘘のようにきりりと引き締まっている。
どうやら完全に頭の中が仕事モードになったらしい。クソ真面目なこいつらしいといえばコイツらしいが、爆弾の情報はきのう月虹亭のクソババアから聞いただけでまだきちんと思い出したことを整理していない。
だからとっさに「あたしが証言したとバレたら消されちゃう」と怯えた演技をすると、少し食い下がられたものの引き下がってくれた。
「それじゃ、今日は無理しなくて良いよ。証言する気になったら言ってね。今日はもう送るよ」
そういってニコニコ笑っている姿はまたいつものヴィゴーレに戻ってるけど……
どうしよう。最初の手がかりになるはずの爆弾の材料の取引って、今夜じゃなかったっけ?
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