ピンク頭と捜査情報
エステルを家まで送り届けると案の定家の中に誘われたが、はっきり断ると珍しく癇癪を起こすことなくおとなしく引き下がった。
さっきの話が効いているのか、それとも夜勤だからとあらかじめ告げておいたからか。
いずれにせよ僕も連隊本部に戻って今日の報告をしなければなるまい。
部隊に戻って自分の小隊事務所に顔を出すと、上司である小隊長と今夜一緒に巡回する同僚が待っていてくれた。
「ご苦労だったな。どうだ? 何かわかりそうか?」
「彼女自身はやはり危険な毒物を使っているという自覚はないようですね。ものすごく気楽に食べ物に例の蜜を混ぜてきました。それも一口食べただけであからさまに体調を崩すほど大量に。
それに自分がやっていること、周囲に要求している事が何を意味するかも分かっていない。十八歳と言う年齢よりかなり精神的に幼くて、目先の感情だけで動いているように見えます。
相変わらず情緒も安定しておらず、思考能力の不自然なまでの低さとあわせみて、彼女自身も薬物の影響下にあるのではないかと」
報告を聞いて小隊長が
「無知で愚かな娘を薬で洗脳して捨て駒にしているという事か……哀れと言えば哀れだな」
「自分の視界に入る全ての男にチヤホヤもてはやされて好い気分になりたい。妬ましく思ったり疎ましく思う相手を貶め苦しむ様を見たい。そんな底の浅い欲に凝り固まって何も見えていないようでした。
自分が一番でなければ気が済まないのに、何一つ自分自身には誇れるものがないから、他人にチヤホヤされることで自分が素晴らしい存在だと思い込みたがるのでしょうね……かわいそうに」
僕もエステルの少しでも自分を強く大きく見せようと喚きたてていた浅ましくも惨めな姿を思い出し、心が沈んで行く。
あんなにも幼く愚かな子供を平気で騙して捨て駒にするとは……黒幕はいったいどんな人間なのだろうか?
「それから、彼女が気になる事を言っていました。卒業記念パーティーで会場に爆弾を仕掛ける計画を立てているのを聞いてしまったと。
しかし、連隊本部に同行して調書を作らせて欲しいと言ったら不自然なまでに取り乱して証言を拒否しました。口先では犯罪者に消されるのを恐れていると言っていましたが、どちらかと言えば細かく事情を訊かれてボロが出るのを恐れているような様子でしたね」
「つまり、誰かを陥れるための布石か、それとも黒幕にそう言うように仕向けられているか」
やはり小隊長も僕と同じ意見のようだ。
「本当に何かを見聞きしたとは思えませんが、念のため裏取をした方が良さそうですね。せめていつ、どこで聞いたかだけでも証言させられれば良いのですが」
同僚のエサドが言う。口から出まかせなら、その計画を聞いたと言う場所も時間も答えられなかったり、答えられても矛盾が生じたりしそうだ。
「ずいぶん頑なに拒否していたから、きちんと調書を取るのは難しいと思います。様子を見ながら少しずつ根気よく情報を引き出すしかないでしょう」
それが偽の情報だとしても、唐突に爆弾がどうこうと言い出したのは彼女にとって何か意味のある事なのだろう。彼女たちに都合の良い「情報」を引き出すことによって、彼女たちの思惑を推測することができるはずだ。
「仕方ない、当分の間そいつの機嫌をとりつつ話を聞きだしてくれ。ただし無理はするなよ」
「了解。何かわかり次第ご報告しますね。」
小隊長は上に報告してくると言って退室した。
「帰投したばかりですまんが、俺たちも巡回に出るぞ」
エサドに促され、僕もすぐ装備を整えて巡回の準備をする。
今日の受け持ちは庶民向けの商業街から港の周辺にかけてだ。イリュリアの中ではあまり治安の良い地域ではないので、巡回するたびに何らかのトラブルに遭遇する。
スリにかっぱらい、酔っ払い同士のけんか……それでも重傷者や死人が出る事はまずないので、他国の大都市に比べればまだ平和な方らしいのだけれども。
もう少し、身分の貴賤にかかわらず安心して住める街にしたいな。
そう簡単にはいかないのもわかっているんだけどね。
さて、今夜は何が起きるやら。僕は腰に短剣を刺し、愛用の槍斧を担ぐとエサドと共に街に出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます