ピンク頭と爆弾魔

 エステルに少しだけ現実をつきつけてみたけれど、きちんと理解したようには見えなかった。それでも僕がもう自分の言いなりにはならないこと、それでも敵対するつもりはない事だけは理解してくれたようなので、今はいったんそれでよしとする事にした。


「ちょうど食べ終わったみたいだし、行きたいところがあるなら早く行こう。あまり遅くなると僕も仕事に戻らなくちゃいけないから」


「……やっぱりあたしより仕事の方が大事なんだね」


 やはりこうなるか。どうして十八にもなってこんなに短絡的な思考になるんだろう?


「責任があるからね。エステルの機嫌を取るためだけに職務をおろそかにはできないよ。自分の人生を大事にして責任を全うできない人に、他人を愛して本当の意味で大事にすることはできないからね」


「わけが分からないよ」


「常にその場その場でエステルの言う事だけを最優先にすることが、本当の意味で君を大事にすることではないってことだよ。

 そのせいで君の立場が悪くなったり、なにか罰せられるような事になったら本末転倒だろう?」


「そういうものなの?」


「そうだよ。親が大事な子供を家に残して仕事に行かなければ、生活費が稼げなくて子供を餓死させてしまうだろう?」


「……よくわからないけど、そうなんだ」


  エステルはとても幼い。そして家族というものをよく理解していないのかもしれない。

 半年前に母親が亡くなるまでは二人で下町で暮らしていたそうだが、彼女の話では幼い頃は母親は生活に追われ、触れあったり話し合ったりすることがあまりできなかったらしい。

 彼女がある程度大きくなってからは母親の切り盛りする小さな食堂を手伝いながら教会の運営する平民向けの無料の学校に通っていたそうだが、その頃の話を聞くと仕事についても学校についても不平不満だらけなので、あまり良好な親子関係ではなかったようだ。

 だから、自分に心からの愛情を注いでくれる存在である親が、自分を大事に思うが故に生活費をかせぐために、自分を残して仕事に出かけなければならない……という事情を理解できないのかもしれない。

 そのせいで常に自分だけを優先しないとないがしろにされたと思い込んで、逆上してしまうのだろう。

 それは逆に言えば、きちんと彼女にも理解できる形で愛情を理解できる形で受け止めたことはないということだろう。とても寂しくて、かわいそうな人だ。


「時間も限られていることだし、行きたいところがあるなら急いで回ろう?次はどこに行くのかな?」


「えっと……そうだった。あたしヴィゴーレだけにどうしても話しておきたい事があるの」


 そろそろ切り上げて帰りたいな。そう思う内心を隠して彼女の希望を訊いてみる。

 すると、エステルは急に話題を変えて、わざとらしくもじもじし始めた。どうでもいいけど、あからさまに取り繕ったクネクネした仕草が気持ち悪い。

 僕はどうして彼女のこういうところを「可愛い」と思っていたのだろう。


「どうしたの?僕でお役に立てることかな?」


「えっとね……実は……」


 言いにくそうに口ごもるエステル。上目遣いでもじもじしているのがわざとらしい。

 自分を可愛く見せるための演技なんだろうけど、時間の無駄だから早く本題に入ってくれないかな。


「大丈夫、どんな話でもきちんと聞くから。僕で役に立てるかどうかは聞いてみないとわからないけどね」


 安心させるようににっこり笑って促した。いったい今度は何を言い出すつもりなんだろう。


「あたし……この間、聞いちゃったんだ……」


「何を?」


「えっと……」


 またもじもじ上目遣い。能率悪い事おびただしい。


「大丈夫、僕が守るよ」


 エステルが望んでいるだろう「単純で正義感の強い騎士」っぽい表情を作って力強く請け合ってみせる。


「あのね、卒業記念パーティーの会場にね、爆弾をしかけるって……」


「それは大変じゃないか。いつ、誰から聞いたか覚えてる??きちんと捜査しなくちゃいけないから、これから一緒に連隊本部にきて証言してくれる?」


「そ、それは無理っ」


 なんだか突拍子もない事を言いだしたので、いったん真に受けたことにして、連隊本部できちんと調書を取る事を提言すると、焦ったように拒否された。


「どうして?王族が参加する卒業記念パーティーで爆弾テロを画策している奴がいるんだろう?すぐに調査して未然に防がないと」


「いや……絶対無理っ!! あたしを信じて……爆弾探して……っ」


「大丈夫、捜査上、情報提供者のプライバシーは守られるようになっているし、危険が想定されるならちゃんと護衛もつけるから」


「ダメよ……っ、やっぱりあたしの事守るって言ったのは嘘だったのね……っ!?」


 ……これは、本当に何か見聞きしたというより、また「断罪パーティー」のための布石だろうか。

 犯罪者に怯えているというよりは、公的な場で証言させられてボロを出すのを恐れているように見える。

 目も泳いでいるし、爆弾うんぬんの話そのものが彼女の思い付きかもしれない。

 それとも背後にいる黒幕にそう言うように指示を受けているのか。


「それじゃ、今日は無理しなくて良いよ。証言する気になったら言ってね。今日はもう送るよ」


「……うん、ありがと」


 今のところは無理矢理聞き出そうとして警戒されてしまうのを避けた方が良さそうだ。

 こうして波乱だらけのショッピングデート(?)は何とか終わりを告げたのであった。


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