ピンク頭と箱庭のユートピア
「あたしが誰にも愛されてない……っ!? そんなひどい……あり得ない……っ」
ぶつぶつと呟き続けるエステルは、僕の言ったことはほとんど理解していない。
それでも僕が彼女の思い込んでいた様な「エステルを全肯定して何でも言いなりになる下僕」ではないことだけは理解したのだろう。
正直、任務のためにはひたすら都合の良い人間だと思わせていた方が良かったのかもしれないとは思う。
でも、そうやってこのままエステルを虫の好い妄想に浸らせたまま暴走させ、黒幕を押さえたところで捕縛するならば、彼女は自分の言動を省みる事のないまま何一つ理解せずに処刑されるだけだろう。
そうやって利用するだけ利用してあっさり斬り捨てるのは、僕の考える騎士とは何か違うような気がする。
せめて最期を迎える前に、自分がやってきた事がどれほど大それたことなのか、少しでいいから考えてほしい。
もちろんこれは僕のエゴであって、本来ならばそんな個人的なこだわりよりも任務を優先すべきだ。
それでも今回だけは自分なりのけじめとして、エステルにも自分の言動の意味を少しでも考えてほしかった。
おそらく全てが終わったら、僕もパラクセノス先生も今まで通りの職務に就くことはできないだろう。
王太子殿下が向精神性のある毒物を使われて操られていたにもかかわらず、阻止するどころか自らも毒物を口にして一緒に操られていたのだ。最悪の場合、エステル同様に処刑対象となってもおかしくはない。
これはエステルの本性を見抜けず毒物にも気付かなかった僕の不甲斐なさによるものだから、エステルのせいだとは思っていない。
ただ、騎士として全うする最後の任務くらい、自分の思う騎士のあるべき姿を貫きたいんだ。
だから僕はエステルに甘い囁きの代わりに辛辣な事実を突きつける。少しでも自分と向き合ってほしくて。
とはいえ、彼女の様子を見るとそろそろ限界だろう。
「そうかな? 君自身が誰の事も愛していないのだもの、自分自身も含めてね。
今までの言動を振り返れば、愛されると思う方がどうかしていると思うよ?」
「そんな……っ。あたしはただみんなに愛されたい、愛されて幸せになりたいだけなのに……っ。ひどい……ひどすぎるわ……っ」
お得意の嘘泣きが、そろそろ本物の涙になりそうだ。逆恨みと悔しさに彩られた美しさの欠片もない涙に。
「安心して。セルセ殿下も、アルティやアッファーリもエステルに好意を持ってほしくて本当に一生懸命になっているし、一緒にいるのが楽しいのは事実だと思うよ。
学園という安全な箱庭の中で、身分によるしがらみや義務や責任から解き放たれて、まるで物語の中の主人公のような恋に夢中になっているんだ。
それが『この先の人生を実際にどうやって共に生きて行くか』という現実に則した愛情ではないだけだよ」
今すぐに理解されるとは思わない。それができるようならエステルはこんな短絡的な犯行には及ばなかっただろう。
薬物を用いて他人の心を操り、不当に権力を握ろうとする。そして無実の者を陥れ、生命を奪おうとする。
どれも法律うんぬん以前に人として何より恥ずべき罪である。それを学生のちょっとした戯れのつもりで迷うことなく実行してしまえる。
唆して道具を融通した人物がいるのは間違いないが、他人の尊厳を土足で踏みにじるような行為にためらいなく手を染められるのは、それだけ幼稚で他者を
だから、いくら丁寧に彼女のどこが良くないのか言い聞かせたところで理解する素地がない。
それでも今ここで聞いておくことで、近い将来まちがいなく訪れる裁きの日に、自らの行いを省みるきっかけになればいい。
そんな僕自身の感傷のために、エステルには受け入れがたいだろう現実の話をしてきたが、それももうここまでにしよう。これ以上は何を言っても言葉が素通りしてしまうだけだ。
「あと少しとはいえ、まだ学生だからね。卒業すれば嫌でも現実の義務と責任ってやつが大挙して押し寄せてくるんだ。
エステルにせよ殿下たちにせよ、今だけ楽しい夢の中に浸りたい気持ちはわかるし、今はできる範囲で望みをかなえてあげたいとは思うよ」
「本当にっ!?ヴィゴーレはあたしを虐めるわけじゃないんだねっ!?」
「うん、エステルが言う通り、僕は頭も良くないし大した地位もないからできる事には限りがあるけど、それでもできる範囲で力になりたいとは思っているよ」
「よかった。ヴィゴーレはあたしの味方なんだねっ!?」
「味方かどうかはわからないけど、一応友達のつもりだよ」
できるだけ優しく穏やかな口調で笑顔を心がけて言うと、「今は望みをかなえてあげたいと思っている」という部分だけを都合よく解釈したのか、ようやく表情を明るくして納得した様子だった。
肝心なところを誤魔化している罪悪感が少しだけあるけれども、残り少ない日々で彼女が少しでも現実を受け入れられるような心の準備ができるといいな、と思う。
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