ピンク頭と社交の華
エステルの語る幸せは、他人にもてはやされることか他人の不幸を見て優越感に浸る事ばかりで、結局自分自身がどうしたいのか、そのために何をするのかは全く語られることがなかった。
「えっとさ……君が言ってるのって全部他人の話ばっかだよね?
君自身は何をしたいとか、どんな生き方をしたいとか、そのために何を頑張るとか、そういうのはないの?」
「だからぁ、あたしはみんなに愛されてキラキラした毎日をハッピーに楽しく生きるの。
そのために、いつも血の滲むような努力をしてるわけ……っ。
悪役令嬢や取り巻きにイジメられても健気に頑張って明るく振舞って。
みんなのクッソつまんない話だってちゃんと聞いてあげて、ゴミみたいな自分を否定しないで全部認めてあげて、言ってほしい言葉を言ってあげてるでしょ……っ!
何度もおんなじ事言わせないでよ。ほんっと頭悪いんだから」
……みんなに愛されてキラキラハッピーな毎日が目標ですか。
正直、これでなぜ「みんなに愛されるための血の滲むような努力」をしていると思えるのか全くの謎だ。
「悪役令嬢がエステルをイジメるという役目を果たさない」って言ったばかりなのに「悪役令嬢や取り巻きにイジメられても健気に頑張って明るく振舞ってる」というのは無理がある。
それに、僕たちを馬鹿にするにもほどがあるよね。
「つまんない話を聞いてあげてる」
「否定しないで認めてあげてる」
「言ってほしい言葉を言ってあげてる」
どれもこれも、少しでも相手を自分と同等の人間だと思っていたら到底出てこない言葉だ。
これを愛されるための努力と思えるなんて、惨めで憐れな人だとは思うけれども、救いようがないとしか言いようがない。
「エステルは沢山の男性に恋愛感情を持たれることが幸せなんだね?
そのために好きでもない人の話を頑張って聞いて、心にもない言葉を口にしてるってこと?」
「沢山じゃなくてみんなだよっ!
みんなみんな、あたしに憧れてあたしに夢中にならなきゃ。男も女も、みんなあたしを見てなきゃダメなの!!
みんなあたしに憧れて、あたしに好かれたいって必死になって、女の子はあたしみたいになるために必死であたしの真似をして……っ
それが正しいの……っ。あたしを見ない奴なんていちゃいけないの」
「えっと……それじゃ君は社交界の華として憧れられてるサンティユモン侯爵夫人みたいになりたいのかな
教養と話術でみんなの会話を盛り上げて、洗練されたファッションで流行を生み出すような、そんな存在になりたいわけ?」
「なんであのクソババアに憧れなきゃなんないのよっ!?
あんなのゴミよゴミっ!! あたしが本物っ!!
みんなあたしに憧れて、あたしに夢中になるのっ!!」
「それじゃ、その『みんな』はエステルのどこに憧れるの?彼女よりも君の方がすごいって思って、真似したいって思うのはどこ?
話題の豊富さや教養の深さ、ユーモアやファッションのセンス……何か勝てる要素がある?」
「はぁ?あんなババアがあたしより上なわけないでしょっ!? あたしが一番かわいくて、いちばんイケてるのっ!!
なんでこんな当たり前の事がわかんないのっ!?
だから脳筋馬鹿は面倒なのよっ!!」
「ねえ、自分の言ってる事わかってる?
君のどこがサンティユモン夫人よりもかわいくてイケてるの?
僕に対しても『好きでもなんでもない』けれども気を惹くために『クッソつまんない話』を聞いてるふりして、心にもない『喜びそうなセリフ』を口にしてたって言ったよね? 恥ずかしげもなくそんな事言う人を好きになれると思う? 嫌うか呆れるのが普通の反応だと思うけど?
教養とか話術以前の問題だよね?」
できるだけ刺激しないよう穏やかに言ったので、一瞬何を言われているのか理解しなかったらしい。
きょとんとした顔でしばらく僕を見つめると、いきなりわざとらしく泣き始めた。もちろん本気ではない、いつもの嘘泣きだ。
「ひどい!!
ヴィゴーレったらあたしがこんなに尽くしてやってるのにあたしの事キライって言うのっ!?どうしてあたしをこんなに虐げるの……っ!?
ヴィゴーレには人の心がないのね……っ!?」
どうも「嫌うか呆れるか」という部分だけ理解して、「かわいそうなおひめさま」モードに移行したらしい。
でもね、面と向かって繰り返し「脳筋馬鹿」とか繰り返す子を好きになる男って、よほど変わった趣味なのか認知がおかしいかのどちらかだと思うよ。
「自分の言った事をよく考えてみて?
尽くしてやってるなんて言える態度ではないよね?僕は君がかわいそうな人だと思っているから、呆れるだけで怒ってはいないけど、普通の人なら激怒してるんじゃない?」
「あたしがかわいそう……っ?」
「愛される事の意味も考えず、ただチヤホヤされたいだけだから、いくら褒められても満たされないんでしょう?
自分で自分を愛せてないのだもの。だから誰にも愛されない。
それはとても哀れでかわいそうだと思うよ」
「あたしが誰にも愛されてない?」
「エステルをチヤホヤしている人たちも、そうやって盛り上がるのを楽しんでいるだけだよね。
ただの青春ごっこ、無責任でいられる学生の今だけ味わえる、ちょっとしたお遊び程度の感覚だと思う。ずっと一生、死ぬまで君を支えるような覚悟も意思もないんじゃないかな?」
「そんなひどい……あり得ない……っ」
ぷるぷると小さく震え、譫言のように呟きながら、うっすらと涙を浮かべ、悔し気に顔を歪めるエステル。
以前ならその潤んだ大きな瞳に庇護欲をそそられるところなんだろうけど、屈辱に歪んだ顔はお世辞にも美しいとは言えず、ただ卑しさと幼稚さだけが漂っていた。
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