ピンク頭と幸せの行方



 僕がトイレの前で会った不思議な女性のことを考えていると、拗ねたエステルが文句を言ってきた。

 さっきまでのあからさまに媚びるような態度ではなく、いつものように僕が自分の機嫌を取るのが当然と思い込んでいるような振る舞いに戻っているようだ。それだけ仕込んだ薬に自信があったんだろう。



「軽く眩暈がしただけだから、ちょっと休めばすぐおさまるよ。心配かけてごめんね」


「え~っ、ヴィゴーレに目眩ってマジ似合わないっ!なんか疲れてんじゃない?」


 内心の呆れや嫌悪感を押し殺して明るく笑えばエステルも深くは突っ込んでこない。


「うん、やっぱり僕は三男坊だからね。もう卒業も近いし、早く騎士として1人前にならないと、って思ってつい焦っちゃってるかも」


「そっか~ヴィゴーレすごいねっ! ちゃんと将来のこと考えてるんだっ」


 ものすごくおざなりにおだててくるエステルに苦笑する。

 だってもう卒業だよ?進路決まってなければこの先どうやって生きてくつもりなのさ?


「エステルは考えてないの?何かしたいことはないの?」


「あたしはみんなといつまでも幸せでいたいなっ」


 答えになっておりませんが……


「その『みんなと幸せ』どういう意味?『みんな』って誰?『幸せ』ってどんなものなの?」


「何それっ?あたしのこと、馬鹿にしてんの……っ!? フツー言われなくてもわかるよねっ!?」


 つい訊ねてみると、思いがけない勢いでエステルが気色ばむ。決して強い口調ではなかったと思うんだけど……


「そんな風に聞こえちゃったならごめんね。僕そんなに頭良くないからさ、具体的に何をしたいか、どんな状態を幸せって思うか、イメージ全然わかなくて。

 僕は『騎士として市民の役に立てた』とか『頼りにされてる』って実感できると嬉しいし、幸せだよ。だから困っている人や権力によって不当な扱いを受けている人がいれば助けたいし、そのための鍛錬や勉強は常に怠らないようにしている。

 エステルはどうなの? どんな時に幸せだと感じるの? そのために何をしているの?」


 怒らせるつもりはないことを最初に伝えて、少し丁寧に訊き直してみた。


 正直、エステルはもう処刑は免れないと思う。それだけの認識があるかは別として、王族や高位貴族の子弟に致死性のある毒物を継続的に盛っていたという事実だけで、どう考えてもアウトだ。

 彼女がまだ自由の身でいるのは背後関係を洗うめ、ただ泳がされているだけだ。


 自力で薬物の入手どころか、こんな計画を考えることも難しそうなエステルがなぜこんな大それたことをしたのか?

 黒幕の思惑とは別に、彼女が凶行に走った本当の理由を知りたい。共感はできなくても、その気持ちは理解してやりたい。


「ねぇ、エステルにとっての幸せって何?そのために何をしたいの?僕が手伝えることはある?」


 僕の問いにエステルは迷うことなく即答した。


「あたしはみんなに愛されてぇ、楽しくいれたら幸せだよっ」


 ……うん、全然わかってない。


「そっか。みんなに愛されるってどんな感じ?どんな時が楽しいの?」


「みんなに愛されて、あたしに好きになってほしいってアピールされる時がさいっこうに気持ちイイっ!!あたしマジ最高っ!?てなるの。

 S〇Xなんかよりずっとずっと気持ちイイ……っ。

 あたしに振り向いてほしくて必死になってる人見るのがいっちばん好きなのっ。

 それからあたしのことナメてかかってた奴が惨めったらしく転落するとこ見ると超楽しいっ。

 あのお高く留まった悪役令嬢とか、モブNPCのくせにこのヒロインのあたしにウエメセのお助けキャラとか。あいつら早く転落して破滅しないかな?

 マジむかつくよね……っ!?」


 何もしていないアマストーレ嬢のみならず、あれだけ善意を向けてくれてさんざんお世話になっているオピニオーネ嬢にまで逆恨みして破滅を求めるんだ……

 エステルの本性がどんな人か薄々分かってはいたけど、それでも退くなぁ……


「よくわからないけど、アハシュロス公女はエステルに興味がないだけじゃないかな?それにパブリカ伯爵令嬢は君に対してとても親身になってるように見えるけど」


「だぁかぁらぁ、そこがナメてかかってるって言うんじゃないっ!!

 興味がないのはあたしのこと取るに足らないって思ってる証拠っ!!

 親身になるのはあたしをかわいそうって見下してるから……っ!!

 マジ許せない……っ。絶対殺す……っ!身の程を知れ……っ」


 ……君自身がずっと「かわいそうなあたし」アピールを必死にしてましたよね?

 こんな些細なことで見下されたと思い込んで殺意を溜め込むなんて、ストレス溜まりそうな生き方だな。


「あたしはこの世界のヒロインなんだから、ひれ伏すのが当然なの……っ!!

 だから悪役令嬢はあたしを排除するために必死でイジメるし、お助けキャラはあたしが気分よく最高の学園生活を送れるように、常に最高のものを用意してあたしがサクサク攻略進めれるようにしなきゃなのっ。

 それなのに、二人ともぜんっぜん役に立たないし、いったい何様のつもりかしら……っ!?」


 随分とお怒りですが、訳がわからなすぎです。


 それにさっきからエステルが「幸せ」とか「気持ちイイ」と言ってるのは全て他人に起因するものばかり。自分自身が何をしたいとか、どんな生き方をしたいという話が一切出てこない。


 本当に自分というものが空っぽの、憐れな人なんだなぁ……

 この幼い人はこんなに空虚なまま何も理解せずにただ終わりを迎えるしかないのだろうか。

 それはとても哀しい事だと思う。



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